英雄に真っ当になろうっていうのかぁ!!!!

Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平
第五章 『歴史を刻む星々』 第五章41 『英雄幻想』



「――もしもやるなら、兄弟。兄弟がこれから背負うのは、英雄幻想だ」



 押し黙ったスバルに、アルがふいにそんな言葉をかける。
 ゆるゆると視線を下ろすスバルを、アルはどこか力の抜けた声で、



「負けちゃいけねぇ。勝たなきゃならねぇ。希望を担い、期待を背負い、未来を示して戦うんだ。ここで決断したら、そうならなきゃいけねぇ」



「……負けちゃいけねぇのは、いつだってそうだろ」



「重みが違ぇ。兄弟の負けは、兄弟の負けだけじゃ済まなくなる」



 アルの、言葉の意味がよくわからない。
 スバルの戦いはいつだってそうだ。スバルが負けたとき、失われるものはスバルだけではない。スバルが守りたい全てが、スバルの敗北で失われる。
 いつだってそうだ。そうでないときなんてない。
 だって負けて失わないで済むのなら、戦うことだってしたくない。


 それでもスバルが戦うのは、戦わなくては守れないものがあるからだ。
 そしてそれは、今日このとき、とてつもなく大きく、多い。



「なんだ、じゃあ、いつもと変わらねぇな」



「――――」



 息を吐き、心を決めた。
 さっきまであれだけざわめいていた胸が落ち着き、やけに視界がクリアになる。
 目の前でアルが息を詰めて、呆然としているのが顔が見えないのにわかった。

とにかく、驚いた。。。。。。


あのね、アルが伏線張っている、英雄になるのは、たくさんの人々の欲望と希望をマクロ的に背負うことは地獄だし、人間にはあってはならないし、そもそも個人には耐えられないことなんだ、というようなことは、僕らが、あの時代の名作『新世紀エヴァンゲリオン』で、シンジ君が「僕は乗らない!(=世界は救わない=自己救済のほうが世界より重い!!)」と喝破した問題意識から、脈々と基本的に語られている隠された大きな文脈なんだと思うんだよ。僕らはそれを、LDさんや海燕さんと、脱英雄譚の英雄譚というような言い回しで、ヒーローの物語類型が現代に抵抗しようとしていくあがきの中で生まれてきたものだと、いってきたわけです。


もう一度繰り返すと、個人は、英雄・ヒーローという重みに耐えることができない、という前提が隠されているわけなんだよね。現代社会に、ヒーローは成り立たない、と。なので、クラウズや東のエデンなどのヒーローものの物語類型の最前線なわけです。


GATCHAMAN CROWDS』 中村健治監督 ヒーローものはどこへ行くのか? みんながヒーローになったその先は?
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20131015/p1

海燕の『ゆるオタ流☆成熟社会の遊び方』
西暦2013年の最前線。『ガッチャマンクラウズ』がテン年代のコンテクストを刷新する。
http://ch.nicovideo.jp/cayenne3030/blomaga/ar322009

東のエデン(2009 Japan)』 神山健治監督  ニート(若者)と既得権益世代(大人)の二元論という既に意味のなくなった二項対立のテーマの設定が失敗だった
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20141009/p1




なので、アルが伏線張って、主人公が、気負って英雄たろうとして沈んでいくのを予見していく流れで物語が語られているわけですよ。。。。。



それなのに、スバルったら、、、、、





「なんだ、じゃあ、いつもと変わらねぇな」




とかいって、あっさり安堵しちゃうんですよ。。。。そして、だれよりも「何もない」という自己評価が低い状態の中(=これは90-00年代の主人公の男の子的感性の基本スタートライン)で、この物語の中で「自分が成し遂げてきたことだけを考えて」、やるしかねぇな、いつものことだし、と安堵!!!しちゃうんですよっ!!!。



おいちょっとまて!!!。



つまりなにか、、、、英雄になるのは、別に特に問題ないって、納得できちゃっているってことか????。というか、それに共感する物語の読み手である僕は、スバルが、レムの英雄であって、それが、ゼロから(=自己評価がマイナスのトラウマ自己緊縛の状態)形成されているのも見てきていて、、、、それ一個ぐらいじゃなくて、、、同じような大きな試練を、いくつもの物語のエピソードで重ねられているのを見ているので、、、、
納得で来ちゃったんですよ、、、僕は。



それって、、、物凄いことじゃないのか・・・・・・・・。



まだなにがって、うまくいえないんだけれども、、、、もう一度、まっすぐに、まっとうに、しかも今までの個人が英雄になれない(=自己評価がマイナス状態からの意思決断と行為は人はできないという前提)という文脈を踏まえたうえで、真っ当に英雄になろうという主人公が出てきた!ってことで、しかも、それがただのバカでもウソでもなく、読み手も、、少なくとも僕は納得して感じられるレベルでエピソードが積みあがっているってことなんだよね、、、、。


これは・・・・。。。



と呼んでいて、驚嘆しました。



PS マツセダイチさんのコミカライズ読みましたー。やっぱ愛している作品が、映像化されたり異なる媒体で見れると、すげぇわくわくするなー。


Re:ゼロから始める異世界生活 第一章 王都の一日編1 コミックアライブ