『グローリー/明日への行進』(原題: Selma・2014)Ava Marie DuVernay監督  偉人すぎるキング牧師の実像に踏み込み、米国の今を告発する作品

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客観評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)


■見るべきポイント-1〜ジム・クロウ法の具体的な運営方法

まず最初のシーンに、強いセンスオブワンダーを感じた。というのは、ある黒人の女性が正装して、強い意志をもって、公的機関の窓口に出向き、延々と、アメリカに関する問答のやり取りをするところからこの物語ははじまる。最初はアメリカに関する基本的な質問だが、それらの勉強すれば答えることはできる質問(それだってかなり難しい)から、どんどん、いくらなんでもそんなことは答えるのが不可能な細かい質問が繰り返され、ついには答えることができなくて、その問答が終わる。


これは何を描いているかというと、南部の黒人人種差別を構造化するために作られたジム・クロウ法の具体的な運営方法を描いたものだ。


というのは、通常の知識を持っていれば、19世紀にアメリカで黒人が人種差別されているのは、おかしいと感じるはずだ。なぜならば、アメリカ合衆国第16代大統領 エイブラハム・リンカーンが、1852年に奴隷解放宣言を出し、その後、アメリカ合衆国憲法修正第13条が成立し、黒人の差別はなくなったはずだし、黒人に投票権があるはずだから。この戦いを描いたのが、Steven Spielberg監督の『リンカーン』だった。また、南北戦争を戦った黒人部隊第54マサチューセッツ志願歩兵連隊を描いた、『グローリー』(Glory)1989年などが映画で思い出されます。

リンカーン(Lincoln 2012 米国)』  Steven Spielberg監督 アメリカにおいて憲法修正はどのようになされたのか?
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130520/p1

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憲法と法律ではっきり違法になっているにもかかわらず、この後、ジム・クロウ法(Jim Crow laws)は、1876年から1964年にかけて有色人種の隔離政策が南部では継続しています。実に、公民権運動後、アメリカ合衆国連邦軍による強制介入があるまで、南部が自己の意思でこれを改めることはありませんでした。これ、とても違和感あるんですよね。リンカーンが解放したんじゃなかったのか?、法律に命令できる憲法が制定されているのに、なぜそれに明らかに反する法律が施行、実施され続けていたのか。そして、さらにうと、かりにこうした黒人の平等や投票権が「建前」でしかないにしても、どのようにその建前と、憲法との整合性をとっていたのか?などなど。


ちなみに軽く背景を言うと、アメリカはstateが集まってできた連邦国家なので、個々のstate・州の自治意識というか独立意識がとても強く、単純に連邦が決まったことですべてが一色に染まるということはないのです。とはいえ、じゃあどうやって、憲法の建前上、市民権と投票権のある黒人に、選挙で投票することができないような社会構造を作り上げたか?が、このジム・クロウ法なのです。


アメリカに住んでいる人はわかるのですが、アメリカでは投票をするときには、まず有権者登録という、事前に「これから投票しますよ」という投票する権利を登録しなければなりません。この有権者登録をするにあたって、南部では、たとえば、この有権者登録をする際に、両親や祖先が税金を支払っているものに限ったり、また人頭税という形で登録の費用を要求したり、読み書きの能力が証明されないと選挙権を与えないという試験を課すことになります。これらの条件を付けると、黒人が投票することは事実上不可能になってしまうのです。というのは、祖先が、両親が奴隷であった場合、当然に税金を支払った記録がありませんから、有権者資格がもらえません。ということは永久にもらえないことになります。また、極度な貧困にあえいでいる黒人奴隷に現金での税金支払いを要求すれば、これも実質無理です。さらに、もし仮にそれらをクリアーして、冒頭のように読み書き能力も高い教養を持った黒人が窓口に来ても、試験と称して、間違えるまで延々と質問をし続けるのです。そして、KKKなど、白人至上主義の団体が、有権者登録に来た黒人を追跡して、リンチにして凄惨に殺したりします。・・・・この状況で、投票権が行使できるとは、とてもじゃないけれども思いません。


というジム・クロウ法の、具体的な運用方法が、描かれたの冒頭のシーンだったのです。こういうことだったのか!と、驚きました。


ちなみに、これらの制度は、世界中の先進国でもまだ似た形で残っています。たてばアメリカ市民権、イギリス市民権を取得するには、上記のような各国の歴史や常識に関するテストがあります。これが「運用の仕方次第」で移民排斥や差別を実施できるものであることは、上記のジムクロウ法を見れば容易に想像がつきます。だから法律があればいいというわけではないんです。ジムクロウ法は、ずっと違憲審査を継続していましたが、プレッシー対ファーガソン裁判で適法でした。1954-55年の連邦最高裁判所が、でブラウン対教育委員会裁判で「分離すれども平等(separate but equal)」という判例法理を覆すまでは。なので、法律に妄信したり、権力を甘く見てはだめなんだ、ということがこのことからまざまざとわかります。民主主義的な法治国家でも、このようなことは簡単にでき、そして継続してしまうのですから。

イギリスは2012年、テリーザ・メイ英首相の内相時代に移民制度を厳格化。イギリス人がEU出身者以外の市民と結婚するための敷居を高くした。

英誌エコノミストによれば、たとえ結婚相手が英王子であろうと、マークルはロイヤルファミリーではなく一般市民とみなされるため、永住ビザ取得のためには数々の障害をクリアしなければならない。

マークルは挙式前、通称「婚約者ビザ」を取得している。ハリー王子とイギリスで新生活を始める許可で、申請者とその配偶者は申請前に同居していなくても構わない。

結婚後マークルに必要なのは「配偶者ビザ」だ。それがあれば、永住ビザを申請できるようになるまでの5年間はイギリスで暮らせる。

だが永住ビザを申請するには、内務省が課す「イギリス生活」に関する試験を突破しなくてはならない。出題範囲はイギリスの文化、地理、歴史から王室まで幅広く、不合格者が後を絶たない難関試験だ。それに合格し、いまや義理の祖母となったエリザベス女王への忠誠を誓って初めて、市民権取得の資格を与えられる。


結婚はしたけど、メーガン・マークルのビザ取得にはいくつもハードルが
Even After Wedding, Meghan Markle Will Have To Face Britain's Visa Obstacles
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/05/post-10205.php


イギリス王子と結婚したメーガンさんですら、けっこう敷居高くなっているんですよね。ちなみに、トンランプ政権になってから、アメリカでのグリーンカード取得や免許書(有権者とるのに必要)などの要件がかなり変わっています。


こういうものは文章で見せられると、よくわからなくなってしまうと思うんですよ。少なくとも、僕はずっと、憲法違反をどうやって正当化しているのかわからなかったんです。ましてや、ちゃんと適法の仮面をかぶったら、膨大な書類や法律用語に埋もれて訳が分からなくなる。けれども、こうやって映像で、見せられると、これがいかに恐ろしい暴力で差別なのかが、まざまざと現前してきます。もし、自分がこうだったら、、、、と震撼せずにはいられない。しかも、にもかかわらず、たくさんの黒人たちが有権者登録に勇気を振り絞り向かい、帰り道にリンチで殺されているわけです。こんなことが、つい、1960年代のアメリカではまだ現実だったわけです。つい57年前ですよ。2018年から逆算しても。自分が生まれた年からそう遠くない。震撼します。また、この冒頭の黒人女性は、正装し、覚悟をもって有権者登録にトライしているのがわかります。このやるせなさ。巨大なシステムに挑む勇気は、こういう風に映像で見せられないと、なかなかわからないとおもいました。


■見るべきポイント-2〜人間としてのキング牧師を描いた監督の挑戦

『グローリー/明日への行進』(原題: Selma・2014)は、キング牧師について書かれた映画です。血の日曜日事件 (1965年)を扱ったものなのですが、この作品でよく言われる鑑賞ポイントは、偉人すぎて偶像崇拝になっているキング牧師の等身大の人間として弱い部分も描いているところが画期的だ、ということです。というのは、米国にいると、様々な祝日や銅像など、アメリカを正しき方向に導いた聖人的なニュアンスで、なんだか批判を全く受け付けないような聖人君子としてのアイコンとなっています。またまだまだ黒人差別などがある現状からみれば、キング牧師を悪く貶める行為は、ポリティカルコレクトネスに引っかかるかなり微妙な問題になるので、なかなか一般的に指摘しにくい。なのでAva Marie DuVernayという監督は、ある強い意志をもって、この映画のキング牧師像を描がいているわけです。たとえば、当時のFBI長官であるジョン・エドガー・フーヴァー (John Edgar Hoover)に盗聴されて、浮気しているテープを送りつけられたりしているんです。これなど、キング牧師の人間としての弱さを赤裸々に描いており、これらはこれまでのキング牧師をめぐる言説ではなかなかできなかったことなんです。「俺じゃない、信じてくれ」と妻に真摯に説明を繰り返しますが、浮気相手とのセックスのテープを延々と奥さんに送りつけられていたりするわけです。あくまで彼が浮気したと描いているわけではないのですが、まぁこの譲歩を取り上げること自体が、これは事実だと言っているようなものですね。真相はわかりませんが、激しい盗聴で知られたフーバー長官時代であることや、ジャクリーン・ケネディが偽善者とののしっていたことなど、当時は公然とした秘密であったようです。ちなみに、僕は、このことを偽善者ととらえるか、人間ととらえるかといえば、もちろん後者だと思います。いつ暗殺されるかわからない、過大なプレッシャーを常時受けて、人間が壊れていないはずがないと僕は思います。人間としての弱さの表現の、僕が気づいた二点目は、マルコムXブラックパンサー党や大学生らの武力で復讐して対抗すべきという、自分の無抵抗主義は間違いではないか?と、判断に悩んで苦悩する部分です。現在からみると、無抵抗暴力主義は、当時の報道規制がほとんどないアメリカのテレビ放送の条件下では(ベトナム戦争とこれらの事件で、その後報道規制が激しく進むようになります)、素晴らしい効果を発揮した見事な戦術、戦略でした。また、アメリカの憲法判断を変えること、大多数の白人のリベラル層を支持につけることなど、明確な戦略目的が見事としか言いようがないものでした。けれども、それは、屈従をしいる行為でもあり、いつまでそれをしなければいけないのか?という人々の任体力を極限まで試す難しものでした。映画でも出ててくるのですが、親や祖父母の前で子供が殺されたり、いったいどこまで我慢すればいいのかという圧力は、凄まじい葛藤を生みました。だからこそ、マルコムXブラックパンサー党のような武装闘争路線を選んだ路線の2つが当時存在していました。この辺りは、ぜひとも以下の2つの映画もおすすめです。とても興味深いのは、武装闘争路線を突き進んでいたマルコムXは、キング牧師とは逆に武装闘争路線を捨て去る方向に向かっていたことです。そして結末は、両方とも同じで、暗殺されることになるのでした。なので、キング牧師マルコムXは、僕は裏と表だと思うので、ぜひとも両方を知ると深く米国の1960年代を知れると思います。

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■見るべきポイント-3〜フーバー長官との関連から1960-70年代のアメリカの背景を探る

せっかくその国を、歴史を、出来事を見るときには、より立体的に関連性を見ながら理解できると、理解画面から立体になって面白くなります。上記でキング牧師に、浮気の現場を盗聴したテープを送り付けるのは、FBIのフーバー長官でした。目的は、ノーベル平和賞を辞退させることだったようです。では、フーバー長官はなぜ、そのような行為をしたのだろうか?ということと関連付けて考えると、1960年代が立体的に浮かび上がってきます。セルマでは、フーバー長官は、人間的なキング牧師の弱さを表現するための1エピソードですが、イーストウッド監督による素晴らしい『J・エドガー』(J. Edgar 2011年 米国)という映画があります。盗聴しまくって、右未左も権力者の弱みを握ってアメリカの権力の背後に君臨し続けた彼が何を求めていたのかを描いた傑作です。

彼のコアはただ一つ「社会秩序を乱すもの」に、力でもって正義の鉄槌を下すことです。凄い矛盾を抱えているくせに、平気で正義を遂行してしまうところは、現代社アメリカそのものを描写しているというノラネコさんの意見に同感です。

フーバーが、自らの存在その物が正義であると錯覚するのも、実は内面の矛盾を覆い隠そうとする故ではないか。

正義の遂行のためには、常にNo.1の立場にいなければならず、異なる正義を唱える者は、力を使ってでも排除するというフーバーの論理は、そのままアメリカという国家のキャラクターに通じ、高潔なる正義感の内側に、実は深刻な葛藤と自己矛盾を抱え込んでいるという点も共通している。

イーストウッドとブラックは、このエキセントリックなキャラクターに現代アメリカ史そのものを体現させている様に思えるのだ。


http://noraneko22.blog29.fc2.com/blog-entry-523.html


ただし、ここでは僕はとても興味深いのは、この場合には、州を跨ぐ犯罪者や共産主義(思想犯)などに、ターゲットを絞って対処しようとする姿勢が見えることです。特に共産主義に対する敵意はめちゃくちゃで、それは、社会に対して「革命を企てる=現体制の転覆を企てる」という匂いがあるものを絶対に許さないという、上記の秩序維持を最優先の正義と考えるところからきています。この人は、何を正義と考えていたかといえば、現状の体制が壊れてしまうことに対して、少しでも匂いを感じると、徹底的に叩いています。


J・エドガー』(J. Edgar 2011年 米国) クリント・イーストウッド監督 誰が本当に国を守ったのか?
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20120609/p1

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このあたりは、同じ時代を異なる角度や出来事からみると面白いので、この辺を紹介したのを連続で一気に見ると、なかなか興味深いですよ。



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ちなみに、最近(2018年)公開していたスピルバーグ監督の『ペンタゴンペーパーズ』は、いわゆるウォーターゲート事件を扱ったもので、『大統領の陰謀』『ザ・シークレットマン』『ペンタゴンペーパーズ』が同じ話題をそれぞれ、違う切り口から描いたものです。これは、上記のフーバー長官のNo.2(実際は3なのだが)だったマーク・フェルト(William Mark Felt, Sr.)が、2005年に、ずっとわからなかった内部告発をしたディープスロートの正体だということがわかっています。1960-70年代が、アメリカにとってターニングポイントとなる重大な時期だったことがとてもよくわかります。共産主義や国の分裂の対抗するために、体制を守らなければいけないという使命感からフーバー長官は、際限なく違法行為や盗聴を繰り広げて自己の組織(FBI)を肥大化させていきます。フーバー長官の死後、それを利用しようとしたニクソン大統領は、ウォーターゲート事件で辞任に追い込まれていきます。この辺りの関連性は、ここらへんで紹介したものを一気に見ると、とても面白いです。



■見るべきポイント-5〜米国の今を告発する作品

町山智浩氏さんの説明によるとAva Marie DuVernayという若い女性の監督が、ずっと偉人過ぎて(それとキングの子孫が演説の版権を押さえていて許可が出ない)何十年も映画化できあかった作品を強行突破で映像化した作品。ちなみに、演説が使えないので、類語辞典で、言葉をすべて置き換えて制作したらしい。なぜ今(ここでは、2014年)かといえば、全米で「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」運動などが広がるように、黒人貧困層の警官による射殺率が圧倒的な数字であったり、我々の現代社会は、リベラルになったように見えて、まだまだ根深い人種差別を構造的に持っている。また、移民排斥など、差別を助長する方向性に向かうアメリカに対して、いまこそ、キング牧師を見直さなければならないというメッセージは、素晴らしいと思います。そして、それをポリティカルコレクトネスの偉人、聖人として描くのではなく、苦悩する人間として描くところも、また素晴らしい。見ておきたいアメリカの今を告発する作品でした。



■参考
『ヘルプ 』(原題: The Help 2011 USA) テイト・テイラー監督
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130114/p1

『Lee Daniels The Butler/大統領の執事の涙(2013 USA)』アメリカの人種解放闘争史をベースに80年でまったく異なる国に変貌したアメリカの現代史クロニクルを描く
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20150207/p1

それでも夜は明ける12 Years a Slave(2014 USA)』Steve McQueen監督 John Ridley脚本 主観体験型物語の傑作
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20150120/p1

ドリームガールズ』 ビル・コンドン監督作  アメリカの音楽の歴史教科書みたい
http://ameblo.jp/petronius/entry-10041454952.html

『Straight Outta Compton(2015 USA)』 F. Gary Gray監督 African-American現代史の傑作〜アメリカの黒人はどのように生きているか?
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20150915/p1

関連作品を書きに挙げておきますが、アフリカンアメリカンの歴史を一気通貫意味るには、『大統領の執事の涙』がおすすめです。何より、面白いので、気張らずに見れます。サスペンスで『ミシシッピバーニング』は、なんといっても名作ですね。『ミシシッピー・バーニング』(Mississippi Burning)は、1988年の作品で、北米出身のFBIの捜査官が、ミシシッピ州フィラデルフィアで3人の公民権活動家が行方不明の事件を捜査しに地方の町に行くのだが、そこではKKKをはじめ人種差別が公然と行われていて、、、、という日本でいうことうものとか、外との連絡が立たれた因習の村社会ものみたいな感じで、いかに南部の世界が異なるルールで烏合いているかが事件の捜査とともに炙り出されていく面白い映画です。あとは、『國民の創生』ですね。言わずと知れた映画史に残る記念碑的作品。けれどもこれって、目的は、いかにKKKをカッコよく映像にするかに特化したという作品で、そう考えるとリーフェンシュタールもそうですが、目的(背景の思想)と映画の出来というのは、全く関係ないものであったりするんですよねー。


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