『世界史とつなげて学ぶ中国全史』 岡本隆司著 土地から生み出す生産性の違いが統合か分権かに影響を与えるプロセスが興味深かった。

世界史とつなげて学ぶ 中国全史

客観評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)

ユーラシア大陸を一つで見る視点、寒冷化、温暖化などの気候の影響が大きな軸として語られている点など、「通史として全体を見通す」ことのできる素晴らしい本だった。この辺の見方は、出口治明さんの著書を読んでいて、大きな歴史学のトレンドはその視点があるのだなぁと思っていたので、こういう専門家による通史、歴史家としての一貫した視点は、非常に良かった。何よりも、驚くほど読みやすい。著者が自分の頭で考えているものを、ざっくりと、一気通貫に描いているからだと思う。学問として専門書としては物足りないかもしれないが、まずこうした「統合の視点」による鳥観図、全体像がないと、何を話しているかさえ失われてしまうので、中国史を、中国を考えるときの良き入門書になると思う。梅棹忠夫先生の『文明の生態史観』的な、人類史、ユーラシア大陸の気候的条件から、大陸の西と東での起きている現象の類似性を比較している、視野が広くてよかった。しかしこういう説明も、そもそもゲルマン民族移動とか、西ヨーロッパの通史を知らないと、比較しても、そうだったのか!という驚きは生まれないのかもしれない。なんにでも教養は必要だなぁ、としみじみ。

全世界史 上巻 (新潮文庫)


そもそも手に取ったのは、岡本隆司先生の『世界のなかの日清韓関係史 交隣と属国、自主と独立』が素晴らしかったので。

世界のなかの日清韓関係史-交隣と属国、自主と独立 (講談社選書メチエ)


東京大学先端科学技術研究センター特任助教の小泉悠さんの『帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』でも思ったのですが、中国の歴史的背景から、冊封体制朝貢体制を知らなければ、「見ている世界が違う」「異なるゲームで交渉している」ことがわからなくて、何が問題になっているのかまるで理解できないままディスコミュニケーションに陥るものなのだなぁと、いつも思います。この本は、ロシアの「主権」の概念が、自由主義陣営、西ヨーロッパの1648年のウェストファリア条約(Peace of Westphalia)を基礎とする考え方とまるで違うという原則と理論から説明していて、なるほどと唸ったのを覚えている。というか、むしろ、世界の大国として独自で動けるプレイヤーである中国やロシアがまるでウェストファリア的な理解と異なる主権、外交理解をしているということは、人類史におけるコモンセンスが、決して、それが共通ではないこと示していて、全然わかっていないで歴史書とかを読んでいたのだなぁ、といやはや読んでいて勉強になった。なんというか、何かを考えたりするときには、大元の歴史や背景を深く知らないと、まったく相手のことがわかっていないのだよなぁーといつもしみじみ思う。

「帝国」ロシアの地政学 (「勢力圏」で読むユーラシア戦略)


全体的に大きな鳥観図を描いているので、自分が印象に残った点を、あげておきます。ユーラシア大陸は、乾燥地帯と湿潤地帯に大きく分けられ、文明は、この境界線上に生まれる。なぜならば、それぞれの生活様式、ニーズが全く違うので、交易によって交換、さらに生態系を豊かにすることができるから。当然異なる生活様式の際では争いも起きるし、交渉を記録に残す必要性が上がるので文字が生まれる。この乾燥地帯と湿潤地帯の生活様式やニーズの性、文明というダイナミズムを描いていく原初の点とするところは、非常にわかりやすかった。そりゃそうだよな、と。


しかしながら、寄稿の影響で、この境界線は、いつも上下したりずれたりする。ここでは、寒冷化の減少で、この境界線が南に下がることによって、一度できた中国の統一国家体制がバラバラになっていく過程をまず最初に見るのだけれども、これは西(ローマ帝国の崩壊)でも東でも同じ構造。


またそれだけではなく、寒冷化にって生産性が下がるので、個々の地域に権力が分離独立して、「自らの土地を集中再開発」する必要性が出てくるというのは、なるほどと唸った。厳しい気候条件の中で、生産性を上げるため(技術のブレイクスルーがそれほどなければ)、強制労働、農奴、奴隷が効率がいいため、それを統率する貴族と農奴が固定化していく様も、なるほど、とうなった。僕的には、この力学というかダイナミズムの説明が、とても大きな気づきだった。えっとで、ここで説明されているメカニズムは、寒冷化で「楽に農作物が得られる」状態が失われると、寒くて農作物が得られない土地(しかも寒さが南に来れば北の土地は減っていく)において、同じレベルの人口を支えられなくなる。同じ土地から、高い生産性(の作物)を得ようとすれば、「その土地に縛り付けて集中させる労働力』が必要になる。そのため、強制的に人を働かせるために、指導するもの(貴族)と、強制的に働かされるもの(農奴・奴隷)が生まれる。指導するものが、王(一人=広域を支配するもの)ではなくて、貴族(多人数・各地域にバラバラに乱立している)のは、土地が減少して、狭い土地で集中して監督、労働力投入をしなければならないから。もともと、都市(権力が集中している=統合)があって、その周りに種まきゃ農作物が取れる!と、どんどん農地が広がっていく温暖な時代と、寒冷化が進み、都市が放棄されて個々の狭い地域を軸とする村落(村々が独立して、散在しているので統一権力ができない)になっていくさまは、まさに、統合と分権の振り子。とても興味深かったのは、寒冷化が進むと、貴族と奴隷が生まれて、身分が固定化していくこと。また統合原理が生まれないで、権力が地方偏在すること。言い換えれば貴族が強い力を持つ封建社会ができやすくなる。この機構、土地の生産性で、社会の生産体制が変化していくさま、見ごたえがあった。

中国では、初期条件で南北格差がある。それは、寒冷化、温暖化によって、遊牧民と農民の境目が大きく移動することによって生まれている。このずれが起きやすい北部は、分権化しやすく、南から農作物や富を収奪しなければならないので武力が強くなっていく。しかし生活や文化は貧しい。ズレが起きない南は、最初から統合原理ができやすく、生活が豊かであるが、その代わり過酷な環境で競争している北部の軍事力には常に勝てない。この構造がはっきりわかるのが、面白い。


しかしながら、それが近代に入り、東西格差に変わっていく構造の描写はなるほどと唸らされる。現代の中国では、南北の格差がほぼ消えており、中国の長い歴史が、運河など様々な歴史的経緯を経て、この格差をなくそうとあがき続けた結果、それがすべてなくなっていく様を示している。しかし、今度は沿岸部と農村部の東西の格差が大きくなっていく。現在の中国の根本の苦しみ、構造的な問題も、ここにあって、この構造が克服されない限り、いつまでも同じ不安定な構造は変わらない。これは興味深かった。


他には、ずっと明朝の鎖国、農本位の政権は、最悪の政権だと思っていたが、この時代に形成された支配層と民衆の乖離の構造がデータで示されていたのが興味深い。極端に小さな政府の体制。驚きだったのが、これが、清朝中華民国、そして現在までの中国の構造的問題なっていること。清朝は、もっとマシな政権だと思ってたのが。。歴史的に数百年、極端に多元化が進んだ社会に、統合の原理がもちこめていない。支配の民衆への浸透率のデータ比較をすると、ヨーロッパや日本が、ほぼ一致してネーションステイツが形成しやすい構造なのが一目瞭然。逆に、中国が、多元的で困難なのがわかる。その意味では、それをまがりなりにも達成したモンゴル帝国、クビライカーンの凄さがわかる。いいかえれば、中国は、主権の同一性が、保ちにくい社会であって、ウェストファリア的な主権とは構造が違うというのは、これだけ明示されているデータがあると、なるほどぉと唸った。逆に言えば、日本と西ヨーロッパの同質性が、よくわかる。