『怪物』2023 是枝裕和監督 坂元裕二脚本 たぶん是枝監督が初期から目指したものが、坂元裕二さんと組むことで到達できていると思う

評価:★★★★☆星4.9
(僕的主観:★★★★★星5つ)

全くのネタバレなし、前情報なし、なんなら是枝裕和監督の5年ぶりの邦画新作というのすら知らないで見に行った。音楽が坂本龍一さんの遺作だというのすらエンドロールで知った。映画評価において、この人は!と信じる友人が二人とも絶賛していたので、仕事を無理やり終わらせて、何も考えず日比谷TOHOシネマズに、駆け込んだのです。

そして、「それ」が最高に、この映画体験を最高のものにしてくれた。

ネタバレを気にしないで、むしろネタバレを聞いて良いと思ったら見に行くような僕にしては本当にめずしく、そして運が良かった。最高の映画体験だった。あまりにネタバレが勿体無いので、いつもはネタバレ上等の知り合いたちが口をつくんでいるのも頷ける。でき売れば、前情報なしに、この映画を体験するとを、祈ります。ちなみにネタバレ全開ですが、アズキアライアカデミアの7月配信でネタバレ解説をしていますので、そちらもご参考に。


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この映画をどんな映画かというならば、『羅生門』のように、それぞれの視点から見ると全体像が浮かび上がっていくモノというのが最も多いのではないかと思う。構造はそこが、主軸。だから、前情報なしに「何が起こっているのか?」「真実はなんなのか?」を疑いながら、頭がシャッフルされながら見るときに、この映画が最も輝く構造になっている。最初タイトルが「なぜ」だったものが、「怪物」に変わっていったのは、このシャッフルした状態で観客に届けることが、至高の映画・物語体験を感じられるだろうというプロデューサーらの意思だと思う。また物語自体の本質も、多面的に「どの側面でも解釈できる」ものであるからこそ、「なんの物語か明確にわからない」マインドセットで見るのが最高だと思う。あきらかにタイトルの「怪物」は、ミスリードをねらっていて、全然違うじゃねえか!と感情移入にどっぷりハマっていると、これ全部が組み合わさって出てくる、小さな嘘の、誰かを守るための嘘の積み重なっていくときに生まれるこの「加害性」が、これが、タイトルそのものじゃないか!とつながる快感は、本当に素晴らしかった。カンヌ脚本賞クィア・パルム (La Queer Palm)の受賞は、そりゃそうだよなの納得しかない。個人的には、ポリティカルコレクトネスの文脈で見ていて、それをこんなふうに物語の文脈に組み込むのかと感嘆した。ちゃんと意味ある物語は、やはり最高ですよ。

そして脚本は、『花束みたいな恋をした』の坂元裕二さん。この緻密で、全く隙がなく、すべての要素に意味がクリアーにある人と、ドキュメンタリー作家で即興性を重視する是枝監督のマッチングが、いい味を出しまくっている。是枝監督のキャリアベストだと僕は思う。また坂元裕二さんの脚本と見た瞬間に、『花束みたいな恋をした』のあの二人のカップルの幸せさをまざまざと思い浮かんで、なるほど、なるほどだよ、とうなずきまくりだった。


僕が注目したというか全編の要点を上げるのならば、麦野湊(黒川想矢)と星川依里(柊木陽太)の秘密基地でのシーン。映画そのものは複雑な構成をとっている、さまざまな解釈を要求する多層構造なのだが、それでもなんの映画か?と言えば、この二人の少年のスタンドバイミー的な青春の最も「幸せな時」と、それが「いつまでも続かない」という残酷さの狭間にある「その時」が映画で映し出されているポイントだと思う。もちろんラストシーンとストレートに結びつくので、僕はこれが主題だろうと思う。いろいろ複雑な構造を持つ映画だが、コアで「これが主軸」と感じるのは、湊と依里の淡い恋の部分で、この二人がどんどん追い詰められていく構造だろう。

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ポイントはラストシーンと、秘密基地であるの廃電車の中の楽園だと思うのです。ここに「彼らが二人が等身大の二人でいられた」楽園の時間であり、「ここ」からどこへも行けないことが、強烈に「死」というか時間が止まった世界の感覚を喚起させる。もうあからさまに、銀河鉄道の夜のオマージュであるのですが、この「感覚」を再現できるのって非常に難しい。この直後の2023年の7月の公開の宮崎駿の新作『君たちはどう生きるか』でも感じたのですが、この銀河鉄道の夜のテイストの主題というのは、とても最近多い気がします。そして多分、これを最も見事に物語としてエンターテイメントに昇華したのは、新海誠監督の『すずめの戸締り』でしょう。これは、新海誠監督が、2011年の『星を追う子ども』で、このエンターテイメントに仕上げるのが難しい構造を、十分に経験したからこそのように思えます。


まぁ、湊と依里の二人が、ラストシーンで秘密基地を抜け出し、原っぱを歩き、走るシーンの意味をどうとるか、彼らが到達した場所を「どこ」と考えるのかで、この映画の受け取り方は決まると思う。いやはや素晴らしい作品です。僕もまだ「意味」は考えているのですが、それ以上に素晴らしい解放感のある「映画体験」でした。


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