『The Rider』 2017 Chloé Zhao監督 オグララ・スー族の馬とともにある人生の美しさとIndian Reservation(インディアン居留地)残酷さ

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評価:★★★★★星5つマスターピース
(僕的主観:★★★★★星5つ)

■見たきっかけと
2021年の第93回アカデミー賞作品賞受賞の『ノマドランド』の Chloé Zhao監督の第二作目。『ノマドランド』が、あまりによかったので興奮してノラネコさんに話したところ、それならば『The Rider』『Songs My Brothers Taught Me』のサウスダコタ・パインリッジ・リザベーション二部作を、ぜひ見てくださいとおすすめされたのがきっかけでした。

■見るべきポイント
観るうえで少し知っておきたい前提知識は、以下の文脈。

アメリカ中西部のサウスダコタ州のパインリッジ居留地 (Pine Ridge Indian Reservation) が舞台

パインリッジは、ウンデット・ニーの虐殺があった場所であり、平原インディアンの最大部族であるスー族の支族、オグララ・スー族の人々が自治権を持つリザベーション(居留地

Indian Reservation(インディアン居留地)は、アメリカの白人がフロンティアに入植していく過程でネイティヴアメリカンの土地を奪いどんどん追い詰めていった場所

この場所での失業率や産業のなさは極端で、そこに住む限り、豊かな生活や教育を獲得できる機会は限りなく低い

ワイオミング州ウインド・リバー・インディアン居留地を舞台にしたTaylor Sheridan監督の『ウインド・リバー(Wind River)』2017も同時に見ると理解が深まるのでお勧めです。


アメリカ社会において、ネイティヴ・アメリカンの扱いが歴史的にどういうものであり、今現在どういう状態なのか?という知識なしには、よくわからない物語でしょう。日本における田舎と都会の格差で考えるとわかりやすいとノラネコさんが指摘されていますが、居留地での閉塞感、閉じこめられて抜け出ることができない絶望感、アル中と教育なさが連鎖する空間の「どこにも行きようがない」感覚を前提に物語を見ないと、主人公たちの絶望が分からないでしょう。

演技的な視点では、『ノマドランド』もそうなのだが、ドキュメンタリー風といわれるように、映画の登場人物がほぼ本人というところが、クロエ・ジャオ監督の凄さ。ふつうそんな素人に演技させれば、演出がまともに機能しなくなってしまうはずなのだが、信じられないほど情感が細やかに演出される様を見ていると、いったいどういう撮影方法をしているのか驚いてしまう。これの一つをとってもアカデミー賞の風格あふれる監督であると思う。

驚くのはここからで、クロエ・ジャオの選択は、ジャンドロー自身に主人公を演じさせたこと。役の苗字こそブラックバーンと映画用に変えられているが、ファーストネームは同じブレイディ。演技経験などもちろん皆無の彼に、自分自身が経験した過酷な運命を再現させたのである。さらに信じがたいことに、ブレイディの家族や、落馬の後遺症に苦しむロデオスターら周囲の人たちも当人に演じさせている。中でもブレイディの自閉症の妹の演技は本作の重要ポイントとなったが、プロの俳優も顔負けのリアリティで、彼女は観る者の心をわしづかみする。自身の経験を再現するという、簡単そうでハードルの高い作業を、クロエ・ジャオ監督が的確に導いたと言える。

https://www.banger.jp/movie/55463/

■Be a man!(男らしくあれ!)の同調圧力として単純にとらえてしまっては、この作品の深さが分からなくなる

物語は、主人公ブレイディ・ブラックバーン(ジャンドロー)が、ロデオと馬の調教で生活していたが、落馬事故で馬に乗るのが難しくなってしまい、もしロデオや乗馬のような激しい動きをすれば、ほぼ死ぬか再起不能になってしまうだろというところからはじまります。これが実体験であり、俳優がその再起不能になった本人であるというのが凄いところなのですが、この作品のドラマトゥルギーは、主人公ブレイディが、「命を懸けてでも馬に乗るか?」という部分にドラマトゥルギーがあります。なので、ドラマを分解すれば、「命を落とすか半身不随になって再起不能になるのがほぼ確実」で「それにもかかわらずロデオに復帰したいと主人公が悩ん」でいるわけです。ただし、彼にロデオを教えてくれたあこがれのロデオスターは、落馬の後遺症立つこともしゃべることもできない状態になっています。このままロデオどころか乗馬をしているだけで、「そのようになる」という危険性を見せつけられてもなお、ブレイディは、馬に乗りたがるのです。そこにこの物語のキーがあります。

日本で、この映画を鑑賞した人の感想を読むと、「同調圧力」という言葉をよく目にする。
再起不能になるかもしれない怪我を負ってでも、再び馬に乗ることを当然だと考える、パインリッジの若者たちには、確かに日本の田舎にもある同調圧力的な力が働いているのかもしれない。
外の世界での可能性を諦めたジョニーも、様々なプレッシャーは感じていただろう。
だが、都市も田舎も基本的に同質の社会で、気に入らなければ出て行ける日本とは、はじめから選択の重みが違う。
馬に乗れるのと乗れないのとでは、経済的な格差に繋がる。
そして彼らにとって、カウボーイであることは、誇り高きラコタ・ネイションのアイデンティティと同義なのである。

単純に映画を見ていると、カウボーイ仲間から「早く復帰しろよ」という圧力が何度もかかり、主人公時代も、それ以外に生きるすべが知らず、父親から「Be a man!(男らしくあれ!)」とのみ育てられてきた、激しい同調圧力が垣間見ることができます。カウボーイ物は、基本的にこの米国にお「男らしくあれ!」という同調圧力の強さの象徴として描かれてきており、その激しさのアンチテーゼとして、アン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン(Brokeback Mountain)』などが描かれているのです。これは、男らしさの協調であるカウボーイの男性の同性愛を描いたところに物語に力点があります。


が、、、、僕は、この話を、Be a man!(男らしくあれ!)の同調圧力の犠牲者の物語、とはとれませんでした。


もちろん、そういう側面があるのことも、土壌があることも否定はしません。しかし、この作品の白眉であり、最も印象的なシーンは、主人公ブレイディが、馬とともに荒野を駆けるシーンでした。サウスダコタの荒野。暗く、汚く、何もないところで、そこでスーパーの商品陳列を、何の喜びもなくしている主人公の姿は、哀れの一言で、「底辺の生活」がありありと感じられました。しかし、その現実は何一つ変わっていないのに、彼が馬とともにサウスダコタの平原を疾駆するシーンになった瞬間に、その美しさに、アメリカの自然の雄大さに、胸がつかれるような、痛むような感動を覚えました。これが、平原インディアン、オグララ・スー族の「馬とともにある人生」なのだ、という鮮烈な感覚が、ビビッドに伝わってきたからでした。


このシーンから、もう僕は、ブレイディが、同調圧力の犠牲者であるようには一切見えなくなりました。『ノマドランド』の話と同じ類型です。安楽な、都市での白人中産階級の生活をするよりも、物質的には底辺であっても、「馬とともにある」人生でのたれ死んだほうが、その美しさに包まれているほうが、生きている「かい」があるんじゃないかというのが、映像でガンガンつたわってくる気がするのです。そうなると、ブレイディが、なぜ再起不能か死ぬ確率が高いのわかりきっているのに、馬を捨てられないかが、切ないほどわかります。

リベラリズム的な同調圧力を超えて

この問題、選択肢の構造で、僕は「安楽な資本主義での都市生活」よりも「自分自身のアイデンティティのある」生き方のほうが、たとえ「のたれ死んでもよいのではないか」という難しい問いが語られているように感じました。この問いが難しいのは、ほぼ百発百中で「のたれ死ぬ」のが分かっているからです。確かにアイデンティティのある生き方のほうが美しく気高くあれます。しかし、既に、そのような選択肢がない状態で、この問いが語られるところの難しさが、クロエジャオ監督のマイノリティへ向ける限りなく寄り添う視点に感じます。だって、物質的には、アメリカの実際の空間、生活としては、最底辺中の最底辺で、明日生きていくのも難しいような生活をしているのですから。それでも馬がいいとは、単純い言えるのでしょうか?。

ここでは、都市の中産階級的な生活こそが正しい!という「大前提」のリベラリストの傲慢さ、マジョリティの冷酷さが激しく感じられる気がしました。少なくとも、2020年の民主党共和党の大統領選挙での大激突は、「これ」が背景にあるわけで、それに対して敏感さがないというのは、アメリカではありえないと思います。ただ物質的に恵まれている都市の中産階級になるために「資本主義の最底辺の機能の駒で労働力を切り売りする人生にエントリー」するのが、本当に幸せかよ?って。

アイデンティティと一体になっているものを、簡単に一部分だけは解体して変えることはできないところが難しい

これ、難しい問いかけだと僕は思いました。なぜならば、このBe a man!(男らしくあれ!)の同調圧力と、オグララ・スー族の馬とともにあるアイデンティティは、重なっているものなので、都合よく櫃だけ抜き出して帰るというのがむずかしいからです。キャンセルカルチャーに代表されるような、ポリティカルコレクトネスが、正しく左翼の末裔なのだと思うのは、「一部分だけ人工的に考えて」それを変える為ならば、その他はすべて専横したり皆殺しにして、一旦更地にしてしまってもかまわないという激しい暴力性があるからです。これを、若い、女性の、しかも中国人のChloé Zhaoが作っているところに、凄みを感じます。彼女を評して「マイノリティに寄り添う視点」といいますが、まさに「寄り添っている」のであって、人々の生きる「生」がそんな単純じゃないことをまざまざと見せつけてくれます。

■これを底辺ととらえるのか、それとも豊かなオグララ・スー族の馬ともにある人生ととらえるのか?の難しい二択

しかしながら、主人公のブレイディ・ブラックバーン(ジャンドロー)の生活をどう考えればいいのだろう?。というのは、物質的な視点、「白人中産階級の都市生活者」の視点で考えると、最底辺も底辺ですよね。多分、これを告発して否定するというのがリベラル的な視点になるんでしょう。その視点で見ると、彼は教育を受けに外に出ていくか、仕事を探して居留地を出ていくのが正解になってしまうでしょう。『Songs My Brothers Taught Me』が、まさにそういう話です。しかしながら、それはすなわち彼らが、「馬とともにあり」「綿々と親から同胞から伝えられてきた」生き方-----アイデンティティが消滅するという意味でもあります。つまり、ちゃんと物質的な生活の豊かな世界に行けという話は、アイデンティテェイを殺せ、消せということと同義なんです。これ近代化とともに消えていく「その土地に住むことであるアイデンティティ」や「近代的な都市生活にフィットしない慣習」をどのように考えるかという大きなテーマと結びつくと思います。僕は、2011年の傑作台湾映画『セディツク・バレ』を連想します。

なぜ、こうした首狩りなどの野蛮な行動が美しく見えるか?と問えば、それは、そこに明確な信仰と尊厳に結びついた世界観が存在するからだ。異世界ファンタジーを描くときに、そこでのセンスオブワンダーを感じられるかどうかのポイントは、その「異なる」世界の異なる宇宙観を描けるか?どうかだ。もう少し言えば宗教、信仰が描けるかどうか?。どういうことかといえば、、その社会の持つ優先順位価値の体系が、我々の文明社会と明確な差を持って描けるかどうかが一つのポイントにあると思う。

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また、この文脈でアメリカのものであれば、有名な2009年のジェームスキャメロンの『アバターAvatar)」ですね。『セディツク・バレ』を、洗練化したというか、「怖さ」を抜いたような脱色した感は否めないですが、同じテーマだと僕はお考えています。この文脈で、全部見同時に連続で見ると、描き方の違いが、受ける印象の違いが面白いですよ。日本人にとっての『セディツク・バレ』と同じをアメリカ人でいうならばたぶん1990年のケビンコスナーの『ダンス・ウィズ・ウルブズ(Dances with Wolves)』に当たるのではないかと思います。

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同様にこの文脈で、転載、沢村凛 さんの小説『ヤンのいた島』をおすすめします。沢村凛 さんは、マイナー?な感じがしますが、読む小説すべてが、とんでもない傑作です。解説もったいないので、だまされたと思って、読んでみるのを進めします。『The Rider』の文脈ではないですが、沢村凛さんなら、まずは下記がおすすめです。素晴らしいセンスオブワンダーを感じられる骨太のファンタジーです。

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アメリカがアメリカンドリームで上に上ることもできるけど、いきなり最下層に容易に落ちやすい競争社会である恐怖

さて、せっかくなのでも一つの視点。

かなりの貯金をしていても、職を失ったり、病気になったら貧困層に転がり落ちるのがアメリカなのだ。

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僕がいつも尊敬してモニターしているアメリカ鵜っちゃーの一人である渡辺由香里さんが『ノマドランド』に寄せた記事で、最もなるほど、と思ったのは、ここ。アメリカというのは、医療保険がほぼない社会なので、いったん大きな病気をした瞬間に、「人生が積んでしまう」というのが、日本人員はどうもわかっていない。「この前提」を理解していないと、アメリカに住む人のと生活実感のスタート地点が、わからない。これは、僕は、『ブレイキング・バッド(Breaking Bad)』を説明するときに強く強調した部分です。

この辺りの大病してしまうと、破産して、本人も、残された家族も、地獄に落ちるのと同等の貧困層に転落してしまうリスクが、中産階級の普通の生活している人にさえ常にリスクとして隠れているアメリカの構造を実感しないと、なぜいきなりこんなにウォルターが追いつめられるのかはわからないでしょう。マイケルムーア監督のドキュメンタリー映画の『シッコ』などを補助線おすすめします。ちなみに、アメリカにの保険制度を知れば知るほど、日本やフランスの公的保険が、いかに良くできているのかと驚きます。さすがに、アメリカの医療保険をめぐる構造は、ひどすぎると思います。「これ」一点で、アメリカが成長しているから、日本を出てアメリカに移民したりすべきだ!みたいな能天気な議論は、単純には成り立たないと僕は思いますよ。これ、全然貧乏人とか貧困層の話じゃないですから。それなりの中産階級でも、即日ホームレス、破産に叩き込まれて生活できなくなるリスクが常にあるんですから。だからグローバリズムの負け組のラストベルトの中年白人男性層が、死亡率が劇的に上がって(確か先進国中へ平均寿命が下がっているのなんてここだけだったはず)、トランプさんを支持して政権が誕生しちゃうのも、この背景の切実な苦しさ、今目の前にある貧困をみないとだめなんですよ。総論としては、オバマさんや過去の民主党医療保険改革の理想はみんな認めていると思うのですが、しかし、実際は共和党との妥協の中で、医療険はオバマケアのせいでめちゃあがって、さらに生活は苦しくなっているのが実感で、本音のところでは、オバマケアのせいで生活がさらにひどくなったと、凄まじい恨みと不満を持っている層が厚くいるように僕はとても、周りの友人の話を聞いていて思います。理想は否定できなくとも、それで実際の生活がめちゃくちゃ悪くなれば、本音で人は、そんなの許容できないものだともいます。寛容さは、経済のパイの拡大があってはじめてなんだ、としみじみ思います。


ブレイキング・バッド(Breaking Bad)』シーズン1-2 USA 2008-2013 Vince Gilligan監督  みんな自分の居場所を守るためにがんばっているだけなのに 
『ブレイキング・バッド(Breaking Bad)』シーズン1-2 USA 2008-2013 Vince Gilligan監督 みんな自分の居場所を守るためにがんばっているだけなのに - 物語三昧~できればより深く物語を楽しむために

また、アメリカの「格差が激しくある社会に生きること」と「最下層に容易に落ちやすい」という社会の前提を踏まえた上で、「格差」をどう考えるか考えてほしいのです。そのラインで、テイラーシェリダンの新フロンティア三部作を見ると、アメリカ映画やドラマ-----だけでなく政治が全く違って見えてくること請け合いです。

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とりあえず、参考の記事等々をいろいろのっけておきますので、おすすめです。何かを見るときは、文脈や背景知識をリンクさせると、面白さが数十倍に膨れ上がるとペトロニウスは考えています。

■参考

ブレイキング・バッド カテゴリーの記事一覧 - 物語三昧~できればより深く物語を楽しむために

ノラネコの呑んで観るシネマ クロエ・ジャオの世界「Songs My Brothers Taught Me」と「ザ・ライダー」

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