『風の邦、星の渚―レーズスフェント興亡記』 小川一水著 世界を作り上げること、ゼロから植民して新しい街をつくること

風の邦、星の渚―レーズスフェント興亡記


ドイツに帝国自由都市(Freie Reichsstadt)を建設した若き騎士の物語。悪くはない、悪くはないが、星は3つです。これだけ分厚にもかかわらず、一息で一晩で読みこめてしまうのは、さすが小川一水さんの手腕。読後感も、相変わらずいい。けれども、なんというかドイツの帝国自由都市の成立の仕方とか、とても興味深いんですが、まぁ「単にそれだけ」の話でもあるともいえる。無理やり、SFっぽくその都市を見守る宇宙人を設定しているが、あまり必要ではなかったかなぁと思う。

帝国都市
当初は、歴代ドイツ王、皇帝の指示により建設されたり、宮廷が設けられた都市が帝国都市と称された。その後、中世都市の勃興・発展が進むと、地方領主の統制下におかれることを望まない都市が皇帝に接近し、貢納などと引き替えに特許状を獲得して事実上領主から独立していった。これらの都市も帝国都市と称される。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E8%87%AA%E7%94%B1%E9%83%BD%E5%B8%82

むしろ、この話の中身であれば、中世ドイツの単純な歴史小説にしたほうが、よくまとまったしもっとひねれたんではないか、と思う。ただ、小川一水さんの意図はわかります。この人はもともと、都市や文明が成立していくことを、ミクロの視点(=そこに参加する人)で描きながらマクロ(都市や文明のそのものの時間的経過)を描く、いってみれば、シムシティのような物語をテーマにしている人のようで、それが特筆して出てきたのは、『導きの星』で、眉村卓さんの司政官シリーズのようなものですが、地球外生命体を保護し育成する人類の巨大官僚機構の最前線の監察官を描いた作品です。

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この『導きの星』で、ほぼゼロの状態の文明に、火を与えたり、精錬の技術を与えたりと、人類史の技術的な発達を、異星人に伝えてゆき一歩一歩成長させるという描写があります。この辺は、SFマインドの基本の一つで、「今ある我々の世界」が、具体的にどうやって成立してきたかを、ゼロから再現しなおしているわけです。小川一水さんは、こういうSF的なマクロの視点、、、個人ではなく、全体がどう成立してきたかを、詳細にシュミレーションしなおして再現するという手法がお気に入りのようで、様々な単行本に出てきます。このドイツの何もない土地に、新しい都市をつくる・・・という発想は、まさにその手法の題材として歴史を選んだにすぎないという感じです。その悠久の時間を俯瞰するという視点を獲得したいがために、その都市に眠っている宇宙人という設定を与えたんですが、これは少々生かしきれなかったなぁと思いました。それは、帝国自由都市を設立するというテーマがあまりに面白過ぎて、この宇宙人はたぶんスターシードなんだろうけれども、そのテーマが消化不良に終わってしまっているためだと思う。


ちなみに、余談ですが、僕はこの「ゼロの土地・空間に、都市を組織をつくる」というテーマが自分の中に大きくあることに気付いてきました。これを「失われた日本の近現代史」のテーマ的にいうと、植民地をつくること、フロンティアを開拓すること、ということと深く関連することなんですね。台湾総督で植民地経営のスペシャリストだった後藤新平について凄く気になっていることや、北海道、蝦夷地開拓やそれの先にある樺太満洲の開拓なんかがそれに当たるんですよね。

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特に、いままでロシアという国があまり頭になかったんですが、『風雲児たち』を読んで、むしろアメリカよりもロシアとの領土を含めた接触のほうが歴史的にとても深いことが分かってきて、それが佐藤優氏や鈴木宗男氏の多国間均衡主義のためにロシアを軸とする外交が重要になるという外交方針の話と絡まって、なるほど、日本という国を考える時に、この北のエッジを考えることが重要なんだな、と頭の中が整理されてきました。そして、逆側からいうと、たとえば、小説ですが、北方謙三さんの『水滸伝』『楊令伝』を読んで、中国が騎馬民族と農耕民族との、いいかえれば南と北での生産力の配置の違いによるダイナミズムが、大きな国家や文明の発展を促しているのが感得できてきたんですが、それとこの前の大前研一さんの『ロシアショック』を読んで、そうか、大陸国家側から見た領土感覚や発展のための手法と、その対立としての北方の「際」ということで考えないと、この地域は読み解けないんだな、と感じるようになってきました。まっ、話はそれたんですが、基本的にアジアの北東部からシベリアにかけてってのは、資源は豊富だが人口が少ないって地域で、どうしても開拓やフロンティア進出、植民地創設の発想から逃れられないんだな、そういう地政学的なものを見極めてからでないと、この地域は軽々しく扱えないんだなぁ、、とおぼろげながら輪郭が見えてきて、興味深い今日この頃です。


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「宇宙の戦士」主義者〜社会契約は自然権の上位に位置するか?
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20080419/p8

ハインラインの描く「アメリカ的なるもの」〜ハインラインの本質2
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余談から話を戻すと、SFマインドは、その基本的な楽天的な部分の基礎土台として、「人類が発展していく」ということに肯定的で希望に満ちた視線を持っています。そして、その人類の拡大には、「入植」の概念が大前提として組み込まれているんだと思うんです。美しく書けば、イギリスの迫害を逃れたピルグリムファーザーズたちの新大陸への入植など、人類の歴史は、新しいヴァージニアランド(処女地)への進出の歴史です。もちろん、これには裏があって、それはネイティヴアメリカンの虐殺であり、侵略でありともなるんですが、基本的にSFでは、人類が前に進出していく推進力を肯定で描く場合が過半です。まぁ、暗い話は売れないと思いますしね(苦笑)。だから、この暗い部分(=侵略の歴史とかね)を抜くと、ファンタジーでありジュブナイルSFが出来上がるわけです。

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これも、単純なジュブナイルなんですが、一つの大陸を発展させる上での「鉄道」というものが果たした機能を、本当にわかりやすく描いており、ぜひ子供に読ませたいなと思わせる一品です。もちろん、僕が読んでも面白かった。鉄道という輸送体系の革命的な意味を、航空機全盛でそれが前提になった我々れは、ロジスティクスの専門家でもなければ、あまり実感しません。けれど、架空世界を構築し、そのゼロ(=もともと生まれた本義)から再構築すると、見事に読み手にそのモノの持つ発展の凄さ、偉大さ、力が、ストレートに届きます。繰り返しますが、僕らは、基幹的な科学技術が、あまりに空気のように、魔法のように生まれた時から周りにあるものだから、「それ」が生まれてきたときの偉大な発展の意思やロマンティシズムを完全に捨象して、生きています。いまさら、鉄道に感涙むせぶ若者は、そうはいないでしょう?。年間何十回も飛行機になる僕にとっては、飛行機は既にただの移動手段に過ぎません。近代社会は分業社会なので、技術の恩恵の上澄みの「最高のメリット部分」だけを金銭で購入しているので、その過程がすべて失われてブラックボックス化されるんです。だから、技術がもたらす、新しい世界切り開くロマンティシズムもなかなか、人に伝わりません。そういう意味では、このゼロから再構築して、物語に仕立てて表現するというSFの手法は、まずなんといっても、子供向けのジュブナイルとして大きい需要があると思いますし、且つうまくすればきっと売れると思う。そして、その果てに、『第六大陸』『復活の大地』などのプロジェクトX的なすばらしい作品に結実すると思うので、このテーマは、本当にいいと思います。こういった意味、そして実力から、日本における正統なSF作家の末裔ですね、小川一水さんは。初期の作品は、ともすれば絵柄に頼りがちな、ライトノベル的な要素も強かったのですが、同じテーマを着実に深く深く深掘りしていて、物凄く勉強かな人だな、と感心します。

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