魔法先生ネギま! 354時間目 怪傑! 魔法探偵・夕映

おお、次の回が最終回。

ここで、ゆえが登場ということは、ネギ君の本命は、彼女ということなんでしょうね〜。


でもまー終わらせ方としては、最後まで本命をわからないようにするのが常道だとは思いますが、千雨にせよゆえにせよ、はっきりハーレムメイカー構造に終止符を打つことを僕的には、望みたいです。特に、作中に、本命を、つまりヒロインを一人に絞る積み上げの展開が全くなかっただけに、そうやって終わらせてくれると、僕としてはやっぱり革命的な作品だったなーと思うえるし、かつ本当の意味での王道に回帰したんだなーとも分析できるわけで、、、とか言いつつ、ようは、ゆえに幸せになってほしいだけだったりして(笑)。個人的に、この成長の在り方は、アリですなー。作中22歳ぐらい?、、うーん、いい感じです。


来週で、この記事を書くこともなくなると思うので、とりあえず何でもいいから書こうと思って、、、


もうずーっとネギまの連載をほかの人がどう見ているかとかって、ほとんど追っていないので、みんなこの終わりにどう思っているんだろうかな〜。感情的には1)本命がだれか問題?2)物語の複線の回収問題があるので、ああーと思う人は多いのではないかなーと思う。通常に考えれば、1)は仕方がないにしても、2)は、好きであれば好きであるほど書いてほしいと思うはずだもの。別に明らかに書こうと思えばかけるしね。まぁ、どっかでネギまラジオするので、そん時感想は聞いてみよー。とは言いつつも、僕の感じでは、いやーこれって、LDさんのいう情報圧縮論の極地だよねー、と思う。描かれるべき本筋を全部省略する。これって、すごい潔い切り方だな、と思う。ネギまという漫画を読んでいるといつも思うのが、全体的に俯瞰されて設計されているよなーと思う。いや、もちろん、赤松健というトリッキーな人なんで、本当に終わりかは僕にはわかりませんが、まぁうそをつく人でもないので、終わりなんだろうと思います。だとすると、終わった後の評価、というのはどうなんだろう?、、、もちろん追っていた人の感情的評価もあるだろうし、物語の設計としての評価もあって、僕は主に後者が気になるのですが、、、。僕としては、マガジンの『はじめの一歩』など、無駄にピークを逸して長くなっている作品群を見ると、作者の意思のもとに展開を統御するネギまは、すごい作品だったなと思います。人気だって相当あるし、複線の在り方もしっかりしているので、いくらでも引き延ばせるわけですから。その辺の圧縮や省略は、本当に大胆にしている作品だった。だから読んでいて、その「抜き差し」でいろいろ感情が揺さぶられるところがあったがゆえに、王道的な物語骨子を持つ作品であるにもかかわらず、非常に現代的な印象を与えていたんだろうと思います。基本的には、たぶん僕のピークは、火星のことが予測できた時点で、物語の全体構造を自分なりに明らかにできているので、そのへんから感情的に食い入るように追うということをしなくなっているので、けっこうクールに見れているような気がする。これはねー先読みが必ずしもいいわけではない例のような気がする。まぁいつまでもぶっ通しで熱くいられるものでもないと思いますけどねー。

それにしても、漫画のレビューをガンガン書くようになったのも、たぶん友人に広がりが出たのも、このネギまの連載を追っていたからなんですよね。そう思うと感無量ですよ。長い時が流れたものです。

魔法先生ネギま!(37) (講談社コミックス)