『エトロフ発緊急電』 佐々木譲著 (1)

エトロフ発緊急電 (新潮文庫)

昭南島に蘭ありや』が、戦前の日本を扱った小説という意味では、僕の本を読む時のテーマである「空白の日本近現代史」という部分に引っかかったので、凄くよかったのだが、星自体の評価は3つレベルであった。

小説は、そつなく、きれいにまとまっており、読みやすいというだけでも、この時代を書いたものにしては、著者の小説家としての力量はかなりのものがあるので、おしいのだが、、、、なんというかこの人は、最後の最後でのキャラクータの造詣の深さや内面の葛藤の深さが弱い気がする。

だから、レベルの高い安定感のある小説なのに、深く胸をえぐらない気がする。『エトロフ発急電』も『昭南島に蘭ありや』も、ほぼ同じ「二つの祖国を持つ」というテーマを追っており、小説家としての力量も決して引けを取らない感じがするのに、山崎豊子さんの『二つの祖国』のほうが、圧倒的に胸に深く突き刺さるのは、この感情移入の部分がうまくないが故だと思う。


いまのところ『エトロフ発急電』『ベルリン飛行指令』を購入。『ストックホルムの密使』と『ベルリン飛行指令』は、もう絶版の様子で、アマゾンでも本屋でも見つけられなかった。『ベルリン飛行指令』は、古本屋で購入。これは、著者の中でも傑作と呼び声高い、戦争三部作なのだそうだが、、、手に入りにくいようだ。


ただ、わかるような気がする。ディティールは、深く取材しており、小説としてのダイナミズムもそつなくまとまり、基本的に読みやすいと、小説家としての高い力量を感じさせるのだが、そういった破綻を避ける、安定したエンターテイメントとしてまとめる部分が、破たんしているけど、一生そばに置いておきたい!とか、胸に深く残ってどうしても消えない!というような、エネルギーを感じさせないのだろう。そういうものは、読み捨てられてしまう。


とはいえ、テーマ的に、惜しい。この時代や分野で、これだけ安定したエンターテイメントをかける人は、そうはおるまい。もっと書いてほしい気がするが・・・・まずは、この人の歴史小説系は、すべて読もう。読むに値する。


ちなみに、何か賞を取ったようで、このエトロフ〜は、素晴らしい。たしかに、一段階飛びぬけている作品です。もう少しで読み終わるが、これは、見事ですね。手に汗握る。