『ウルトラダラー』 手嶋龍一著 東アジアの戦略地図を鳥瞰するインテリジェンス小説

ウルトラ・ダラー (新潮文庫)



評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★☆4つ半)


■東アジアの戦略地図をシンプルに覚えておこう!
インテリジェンス小説。それって何?と聞かれれば、今の時代に適応したスパイ小説の新しい呼び方だ、とでもなろうか。この小説の何が面白かったかといえば、この小説を楽しんだ後に、日本を取り巻く東アジアの戦略地図がどうなっているか?ということが非常にシンプルに理解できてしまうことだ。著者が、数々の情報を、「戦略」という柱で鳥瞰しているから、読者にシンプルに伝わるわけで、一級の小説だと思います。それはフィクションかかもしれませんが、本当に優れたフィクションは、下手をすると現実の断片よりはるかに真実を言い当てることがあるといえるでしょう。

「日米の安全保障同盟とは、つまるところ朝鮮半島の有事と台湾海峡の有事、この二つの危機を想定して、それに備えるためのものです。でも、この二つの危機には天と地ほどの違いがあることを、あなたはよくお分かりのはずです。」


スティーブンは、両手を組んだまま、高遠の説明に聞き入った。


朝鮮半島で軍事衝突が起きても、米中両国は直接戦火を交えるような愚は犯さないでしょう。もはやそこには死活的な国益がかかっていないからです。その一方で、台湾が独立に傾けば、中国の人民解放軍は迷わず台湾海峡を渡ろうとするでしょう。台湾独立を座視するような指導者はだれも政権を維持できないからです。これに対してアメリカも台湾を防衛するために第七艦隊を差し向けざるをえず、米中は激突することになるでしょう。」


高遠は立ちあがって、壁に貼ってある世界地図の台湾を指していった。


台湾海峡超大国が激突するグローバルな戦争の危機を孕んでいます。しかし、朝鮮半島の危機はしょせんリージョナルな紛争にとどまるでしょう。」


スティーブンは高遠の真意をつかみかねるといった表情を見せた。


中略


イラク戦争でのアメリカの敗北、あえてそういいましょう、これによって、東アジアでのアメリカのプレゼンスは一層軽くなってしまいました。東アジアでのアメリカのあまりに永きの不在は、台湾海峡をめぐる米中の軍事バランスを狂わせようとしています。経済力を背景に中国は海・空軍力を着々と増強し、一方のアメリカは軍事的な優位を失いつつあるのです。そのことを誰より良く知り、恐れているのは、ほかならぬ台湾なのです。


中略


朝鮮半島を舞台に怒っていたと見えた一連の出来事は、実は、台湾海峡をめぐる米中のさや当ての序曲に過ぎなかったとおっしゃるのですか。」


高遠はゆっくりうなずいた。


「中国は、来るべき台湾海峡アメリカをけん制し、優位に立つためならば、手元にあるいかなるカードを使うこともためらわないでしょう。台湾海峡に有事が持ち上がった時、日本がアメリカと台湾に加担しないようにあらかじめ足かせをはめておく、それが中国の狙いなのです。」



P409-412


これは最後の謎解きの段階でのセリフなんですが、日本をめぐる東アジアの戦略地図が見事に要約されていると感じました。これを、基準に考えていくと、いろいろな小説やニュースの断片記事が、きちっとつながるんですよね。下記の記事だって、そもそも第七艦隊があるという大前提がある以上、実は、戦略地図的には「駆け引き」の部分が、あるはずで、どこを相手にそれを言っているか?ということを考えないと、いけないってことになりますよね。必ずしも国内の選挙を意識してだけとは限らない、と考えないといけない。というか、仮に国内の選挙だけを意識しているとしても、「その意見」がどのような波及効果を外交上もたらすのかということに敏感でなければ、国際情勢は読み切れないということになります。

小沢氏、火消しに躍起 米軍縮小発言で党内外、安保議論加速
2009.2.27 21:27

記者会見を終えて会場を去る民主党小沢一郎代表=27日、横浜市(ロイター) 民主党小沢一郎代表は27日、横浜市内で記者会見し、「(在日米軍は)第7艦隊だけで十分」とした自身の発言について、「私はまだ政府側ではない。具体的なことは政権をとって米国から聞いてみないと分からない」と述べた。党内外で小沢氏の真意をいぶかる声が相次いだため、沈静化を図ったとみられる。

 小沢氏は24日、地方行脚で訪れた奈良県香芝市内で記者団に、在日米軍再編について、「軍事戦略的に米国の極東におけるプレゼンス(存在)は米第7艦隊で十分だ」と述べた。

 しかし、27日の記者会見では、「在日米軍で日本の防衛に関係する部分があれば、できる限り日本がその役割を果たせば米軍の役割は少なくなる」と説明。その上で「他国の有事に(自衛隊が)参加することはあり得ない。当たり前の話をしただけだ」と語った。

 平岡秀夫衆院議員は小沢氏の発言について、「在日米軍がいなくなった後、東アジアの各国で役割分担を決めながら戦力の縮減を進める集団安全保障を目指すという意味ではないか」と語った。

 これに対し、前原誠司副代表は、「ベクトルとしては間違えていないが、時間軸が示されていない。北朝鮮がミサイルを打ち込んできたとき、今の日本には対抗する力がない。日米の信頼関係をどう築くかが大切だ」との見方を示した。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090227/stt0902272129008-n1.htm


えっと、わざわざなんでこんなことに焦点をあてて、書いているかというと、自分の中のメモというか意識づけという意味もあるんですが、これを読んで、ああ・・・昨今のスパイものや日本の愚民告発ものや北朝鮮のテロリストもとか、なんでもいいのですが、日本の現代のさまざまな小説を見る時のキーになる概念なんだな、と思い当たったからです。つまり、米国、中国、台湾、朝鮮半島、日本、ロシアをめぐる北アジアの関係性の基本なんですね。この大枠の構造を意識して眺めないと、実はぜんぜんわかったことにはならないのだ、ということがわかりました。いいかえれば、これを抑えていろいろ情報を読み込むと、今まで見えていなかった模様が浮かび上がってくるということです。「つながった・・・」という感じです、自分の中で。なんで、現代の日本での国際謀略とかスパイ小説が、すべて朝鮮半島をめぐる物語になるのか?ということに得心がいきました。あげればきりがありません。たとえば、福井晴敏さんの小説群はすべて北朝鮮をめぐるスパイとか膨張ものですよね。『Twelve Y. O.』『亡国のイージス』『川の深さは』『Op.ローズダスト』などなど。日本の危機意識をめぐる話は、すぐこれになるんですが、実はこのテーマは、米国と中国をめぐる対立構造をよりマクロの視点からフィルターにしてみないといけないものだったんですね。どれも素晴らしく面白いのですが、何か一つ要が足りないと思わせたのは、やはり中国との関係を踏み込んで描けていなところなんだと思いますね。福井さんの作品は、日本の飽食さに対する告発口調が強く、その対比としてストイックなスパイやカウンターインテリジェンスに従事する公安組織やダイスなど安全保障の情報組織が出てくるという構造をとりやすい。

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ちなみに、米国とをめぐる日本の関係をよく描けている代わりに中国と朝鮮半島が、少し抜け落ちるのが村上龍さんですね。このまず直視するのが米国との関係か?それとも朝鮮半島問題か?というのは、実は世代の差になっているような気がする。僕の世代だと、やはり有事といえば朝鮮半島情勢や北の拉致問題がすぐ頭に浮かぶもの。でも、やはり米国を軸に描いているだけに、彼の『愛と幻想のファシズム』は、今まで読んだ作品の中では、やはり圧倒的な傑作だなぁとは思いますよ。米ソ冷戦の構造を踏まえていることなど時代的には古いですが、現代日本と米国の関係を極限まで突き詰めているのは、やっぱり圧倒的だなぁ。そして、最新作は、『半島を出よ』ですね。物語的には、彼の『昭和歌謡大全』のドラマトゥルギーを超えられていないので、いまいちだと思うが、にしてもその構想力は、流石、と唸ります。

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そうそう、それの延長線上で、先日コメントとで進めてくださった五條瑛さんの作品早速買いました。読むの楽しみにしておるところです。

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こういうのがつながってくると、読書の醍醐味ですねぇ。ちなみに、艦隊のHPってあるんですねー見てみるととても面白いです。

The U.S. 7th Fleet is the largest U.S. numbered fleet, with 60-70 ships, 200-300 aircraft and approximately 40,000 Sailors and Marines operating in the region on a typical day.
In addition to U.S.-based carrier and expeditionary strike groups that conduct rotational deployments to the region, there are 21 ships forward deployed to U.S. facilities in Japan and Guam.

They form the heart of the 7th Fleet and provide a permanent, ready and highly capable presence, while reducing transit times and support costs by operating from overseas bases.



米第七艦隊HP
http://www.c7f.navy.mil/