『ベイビーステップ』 8巻 フロリダのテニススクール

ベイビーステップ 8 (少年マガジンコミックス)

たしか、このフロリダのテニススクールって、本当にあるところのはずだよね。



http://athlete-brand.com/tennis/index.html
ニックボロテリーアカデミー


アガシシャラポアが確かここの出身のはず。前にスポーツものについて言及した時に、日本のスポーツ漫画はほとんどが、これまで(80年代くらいまで)国内のインターハイとか甲子園とかを国内の序列を最終目標にしてきたんだけれども、昨今のスポーツは、サッカーに代表されるようにいきなり日本代表やプロで、「世界が見える」・・・精確にいえば、自転車ならばフランスのツールドフランスとか、サッカーならイタリアのセリアAとかワールドカップ、テニスならばフレンチオープンやウィンブルドンに、ATPツアーなど、いきなりダイレクトに「世界を目指す」というような話が増えてきたと思うんだよね。それは、日本が豊かになってスポーツに真面目に取り組める層が広くなったことと国際化の伸長、、、なによりも意識の変化があると思うんだよね。つまり本当のプロフェッショナルで、「それだけ」やって生きていくために、本当にないが必要か?って事を考えると、そういう制度や仕組みがあるところ「食べていく」レベルになるしかないんだよね。それが、国内の内向きのレベルで考えるのではなくて、ストレートに頂点をプロフェッショナルを目指す子供には、分かるようにいになってきたんだと思うんだ。

僕は、もし自分の息子や娘が、本気でテニスをやりたいと云えば、ジュニアに所属させるだろうし(そもそも、、、学校をあまり信じていないんだよね・・・僕は)、このくらいのテニス留学なんてたぶん平気で行かせると思うんだよね。それで才能や機会を見極められるのならば、もう遊びでも全然かまわない。そういう経験は、一生の宝だもの。ましてや、プロになれるかどうかはともかく、えーちゃんのような「自分から主体的にやる気」でその戦いの解決のキーとしてそれを持ってきたならば、それは親にとって安い代償だと思う。もちろんみんながみんなできるわけではないだろうが、日本のミドルにいる層(思い込みではなく本当にね)ならばこの程度の対応はできるはずだもの。僕の時代は、やはりまだ一歩そこまで柔軟でもリベラルでも無かったと思うんだ。60-80年ぐらいのまぁメインは、安保闘争とか全共闘世代なんだけれども、こういった連中は、リベラリズムを唱えるくせに、しょせん上昇志向と序列思考にとらわれたダブルスタンダードのウソツキが多かったので(仕方ないんだけれどもね時代的に)、それが故に、アダルトチルドレンとか精神的に荒廃する子供を多く生み出したんだけれども、それでも経済的行動成長と競争によるレベルの底上げは、そんなことを問題にもしないほど豊かさを広範な国民にもたらした・・・けど、僕らの世代や僕の子供の世代はもう違う。もうそういう経済的高度成長は信じられないし、物質地平での共通項がない現代は、そもそも「統一的な価値基準がない」多様性の時代だ。「その中で」勝つことは?幸せになることは?という、19世紀以前ならば一部の貴族にしか許されなかったぜいたくな悩みが、かなりの層に許されるようになっているんだ。

その中で、一生懸命生きることとは?勝つこととは?幸せになることとは?ということに、漫画などの主人公のビルドゥングスロマン(=成長物語)を描く作品は答えなければいけない・・・、と僕は思う。その時、この作品は、なかなかいいところを突いているし、視野もとても広い。いい作品だともう。


ちなみに、なっちゃんのかわいさ爆発の巻でしたが、しかし、、、なっちゃんのライバル?の1回戦の敵の女の子が、むしろ僕は、メチャ好みでした・・・・もう一回でないかなー。