『亡鬼桜奇譚』 斎藤けん著 閉じ込められた世界からの脱出〜他者の深さを理解した時に世界の残酷さを知り、世界の残酷さは人に優しさを教える

亡鬼桜奇譚 (花とゆめCOMICS)

評価:★★★☆3つ半
(僕的主観:★★★★4つ)


■他者の深さを理解した時に世界の残酷さを知り、世界の残酷さは人に優しさを教える

短編集なのだが『サンドグラスの檻』という、ある魔法使いの復讐の話が、最高に素晴らしかった。この人は考えているフィールドが広いので、ファンタジーの世界でないと、なかなか良い作品が書けないような気がする。かといってマクロの話が書きたいわけでもなく、基本的に人間が「他者を知っていく過程」というミクロの人間関係にそのテーマを集約させているので、編集側とかはこの人に学園モノとかを書かせたがってしまう気がするが・・・それは駄目だ。『WITH』とか、残念ながら全然話が進まなかったもの。もちろんもともとの力は凄くある人なので、それなりの作品になるし、作者の本人の持つオリジナルテーマ自体が秀逸なので、おっ!というものになるんだが、それだけ。いまのところ短編以外では、『花の名前』の持つ射程を超えられていない。つーか、『花の名前』が良すぎたというべきなのか・・・。

ただし、短編集ではその輝きはコンスタントに継続しているので、是非ともここをブレイクスルーをしてほしいなぁ。『月光スパイス』も悪くなかったが・・・。『亡鬼桜奇譚』はいいですほんと。いや上から目線ではあるが、消費者であるからこそ量を見ているので、全体の中からの位置づけが見える部分もあるんですよ。この人の良さでもあり制限でもあるところ、強烈に世の中のプラスの部分に偏って物事をおさめようとする部分は、いま一つのブレイクスルーを阻んでいると思う。どこかで、実験で、悪人しか出てこない、悪人だけの、腐った世界を書いてみると(って誰が読むんだ(苦笑))、凄くプラスになるような気がする。けど、、、にもかかわらず、この人は「世界の残酷さと美しさ」と「まわる世界」ということをよく理解している、凄く秀逸な作家だと思うのだ。

たとえばこの本の中にある短編『花のカノン』は、ボーイフレンドとふざけてじゃれてて階段から落ちて半身不随になってしまった女の子の話で、最初にそれをした相手である男の子がどうやってその子に詫びていいかを理解できなくてかった花束を見ず知らずの人に渡すというシーンからはじまります。その花束が巡り巡って、その女の子に届き、その子の心をいやしていくという「世界がつながっている」という感覚は、見事だなぁと思います。トムクルーズ主演の『マグノリア』や村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』のオムニバス形式で表現された世界の偶発性への見事な物語への昇華だと思っていて、それと構造がほとんど同じなので、「これ」を分かっている作家には、その先を見せてほしいと痛切に思うのです。偶発性につながれてこの世界はつがなっているが、その結果起きる・・・発生する出来事は、奇跡のような幸福と信じられない残酷さが同居してしまいます。なぜならば、それは「偶発」・・・・偶然に過ぎないことだから。だから世界はこんなにも残酷で美しい。

もちろん、個人的には、いま一つの作品群で、、、、文句なし!と思えるのは『花の名前』のみで、本当にこの偶発性の世界の作品系統を見たい場合は、映画の『マグノリア』やポールハギス監督の『クラッシュ』とか、村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』をお薦めします。ああ、そうえいば『ミリオンダラーベイビー』も少しづれるがいいかもしれない。

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神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)



花の名前 1 (花とゆめCOMICS)