『イランvsトランプ』 高橋 和夫著 2019年からアメリカは世界最大の産油国になっていたのか!

イランvsトランプ (ワニブックスPLUS新書)

客観評価:★★★★星4つ
(僕的主観:★★★★星4つ)

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2020年1月3日、米軍の無人攻撃機のMQ-9 リーパーによって、イランのガーセム・ソレイマーニー司令官が暗殺された。イランとの戦争の可能性の高まり、一時期米国の報道は緊張していたけれども、イランが外交上のしたたかな行動を見せ、なんとか収まった感がある。そもそも、イランとは、アメリカはとても相性が悪くて、イランをたたけば選挙で勝てるとというオプションは常に存在する。けれども、イランと戦争状態になれば、石油の輸出が減るので、原油価格が上がる。それが直接失業率にヒットするので、オプションではあっても、実際にはできないというのがこれまでの構造だったはずなのに、トンランプ大統領は、あっさり、それを無視して、トリガーを引いた。この辺のアメリカとイランの確執を知っていると、この辺はより興味深くなる。なので、映画『アルゴ』がおすすめ。イラン大使館人質事件を扱った映画です。

ノラネコの呑んで観るシネマ アルゴ・・・・・評価額1700円

アルゴ (字幕版)

さて、なぜそのようなオプションが取れるのだろうか?ということが不思議で、この本を手に取った。神保さんと宮台さんのビデオニュースドットコムを見ていて、中東の専門家だそうなのですが、あまりに明快な米国内政の分析、アメリカのトランプ大統領の行っていることの見事な説明に感じて、感心してしまって、これは、本も読んで観なければ、と思い立ちまして。大体に、言葉で明快に説明してくれる人は、本でも明快でとても深くまで志向していることが多いので、これはあたりでした。いままでややこしくわかっていなかった、サウジのクラウンプリンスのMBS(Mohammad bin Salman Al Saud)やジャマル・カショギなど、いまいちわからなかったもやもやしていたことが、霧が晴れたように分かった。

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ちなみに、疑問を考える前に、なぜ無人機や、特殊部隊による暗殺がアメリカでは昨今大きなオプションになっているのかは、オバマ政権に戻らならければならない。オバマ政権は、軍縮も粛々とやったが、同時に特殊部隊の急拡大をも行っている。これは、人道主義的、リベラリズムの観点や、国内の選挙対策から、国の若者がガンガン死んでいくということに、民主主義国家は耐えられない。この構造からすると、無人機による暗殺や、表立って軍を動かさないで秘密裏に暗殺部隊を差し向けるという方向にバイアスがかかるのは、ロジカルですよね。オバマ大統領は、軍縮思考で、平和主義的で、とてもリベラルな人柄の人ですが、軍を押さえた代わりに、構造的に別の部分が吐出している政策を実施していたことは、世の中やはりシンプルに割り切れないんだなぁ、としみじみ思います。

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この辺りの特殊部隊の暗殺のお話、無人機によるコラテラルダメージのお話は、上記の2つの映画がおすすめです。


さて、この本でも様々なポイントが興味深いのですが、僕的に、おおっとお唸ったのは、2018年に米国が既に世界最大の産油国になっていることです。仕事で関連するので知っていたのですが、これ、実はとんでもない大きな出来事なんだ、としびれました。


世界一の産油国となった米国、覇権国の地位強化へ | NOMURA

そして、シェールガスの技術と埋蔵量から勘案して、長期にわたってエネルギー大国として米国が君臨することが、予想されること。バレル60ドルでも十分利益が出ること、そのことが長期的に、石油価格の低位安定構造を形成すること。だから、米国にとってイラン、中東の重要性が、極端にさがること。ロシアや中米、中東などの産油国の長期的なポジショニングが下がること。これは構造的な問題なので、これからの人類の長期にわたるマクロトレンド支配するポイントだ!と思うんですよ。


ちなみに、トランプさんが、イランとの戦争がありうるオプションを平気で選択できるのは、中東の石油、イランの石油の重要比率が下がってしまっているので、アメリカの内政の問題としてこれをとらえることが可能になっているから、気安くゴーが出せるんですね。そうか、そんな構造変化があったんだ、と驚きました。トランプ政権のイスラエルに対する取扱いの違いも、これでほぼ理屈がつながります。


少し脱線ですが、小泉悠さんの下記の本が素晴らしかったんですが、何が素晴らしかったかというと、ロシアという国の宇宙観というか世界観がわかるんですね。「そこ」から導き出される戦略を考えて、すべての行為を評価すると、一貫性がある。ああいう地域大国の長期的な戦略というか生存の意志が、そういう風になっているのかーとうなったんですよ。


「帝国」ロシアの地政学 (「勢力圏」で読むユーラシア戦略)


けどね、こういう長期のトレンドは、石油価格の低位安定というトレンドで、ロシアなどの石油を基盤にする資源国の手を縛りあげるんですね。ベネズエラなどがめちゃくちゃになるのは、産油国が利益を得にくい市場構造が安定しているからなんですよね。

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なので、ここのところロシアや中東などの産油国は、非常に苦しい状況が継続している。価格が低位安定しているからですね。そうするととれるオプションがとても小さくなる。これって、覇権をとるための大戦略(グランドストラテジー)なんですよね。世界の、人類の命運を握る物理的な部分の構造をどう決定するか?という戦いをしていると思うと、シェールガスの開発って、オバマ政権の時に進めていたんですが、その果てに、世界最大の産油国になっているアメリカって、物凄い大戦略の発想だ、としびれてしまいました。

天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ PART1 (ハヤカワ文庫JA)


全然関係ないのですが、今ちょうど小川一水さんの『天冥の標』シリーズの10巻まで(15冊目)まで来たんですが、ふと思ったのだけれども、各文明、民族などグループ間の競争というものを規定するのは、こういうボトルネックとなる部分を押さえたかどうかに尽きるような、と思うんですよね。そして、そういう「身もふたもない部分」の構造を規定されたら、もうどうにもならない。努力とかではどうにもならなくて、暴発して死に物狂いで戦争するか、あきらめてじわじわ死んでいくかしか選べない。いやーSFだと、架空の国家やグループを、物凄い長い時間空間単位で、競合させてその流転の果てを見るづけるので、、、何が、その時代の、その場所のボトルネックとなるものかって、その時代を生きている人は、なかなかわからないんですが、マクロで、超長期を考える視点は、重要だよなーといつもながらにしみじみ思いました。やっぱりこういう広い視野をくれるSF作品って、物凄く遠くに焦点が合いながら、ものを考え続けるので、本当に世界観というか、世界の見方が変わる。SFって、やっぱり好きだなーとしみじみ思います。このちょっと妄想は行ってSF的な、超マクロ、超長期、長距離空間の発想を持つだけで、世界の見方が、がらっとかわる。あとそれくらいの超長期の視点の時系列で考えると、人間の個のちっぽけさが、しみじみ感じるんですよね。この堅牢な自我を、少しでも浮かせて、違う見方もあるかも、と思わせる可能性をくれるSFって、やっぱり好きだなーとしみじみ。

話がずれた、石油価格をグローバルな低位安定をされたら、資源国はもうどうにもならなくなるじゃないですか。ちなみに、中東などの資源、石油の重要性が下がればアメリカにとっての長期的な競争相手は、なんといっても中国になるはずなので、貿易戦争を仕掛けるのは、非常に理にかなっていると思うんですよ。おースティーブ・バノンとか思い出しちゃった。この辺を理解するためには、もっとリバタリアニズムとか、古典を理解しないといけないのかもなぁ、と思う今日この頃。最新では、ニックランドの加速主義とかですよね。

ニック・ランドと新反動主義 現代世界を覆う〈ダーク〉な思想 (星海社新書)


ま、それはさておき、この中産階級が破壊されつつある先進国において、それをリカバーする方法はまだ見つかっていないんですが、アメリカは、その方策を一つ見つけているということだと思うんですよ。ようは、エネルギー産業で成長する、という選択肢です。先進国の中産階級の破壊は、経済のグローバリズム化によって新興国中産階級の拡大と結びついているので、これを阻む方法は、これまで移民制限や先進国とその他の国の「身分を固定すること」のような、中世に逆戻りすることしかオプションがなかったんですね。トランプさんのメキシコの壁、ブレクジットなどなど、この移民と自国民の格差を固定化するという方向は、1)倫理的に非常に受け入れにくく国論を二分化する、2)実際やっても効果が薄い=グローバル経済にリンクしている限り、壁を作ってもだいぶ無駄。なので、筋が悪い、なかなか迷走した方向だったんですよね。でも、現在の米国のトランプ政権の方針は明確に感じます。エネルギー産業によって成長する。そのために必要なことは、環境規制の撤廃です。トランプ政権が、エネルギー大国として米国が成長するために、徹底的に環境関連の規制を撤廃していること。気候変動をフェイクニュースと切って捨てるベースがなければ、ここまで思い切れなかっただろうこと。こういう背景とリンクさせないと、気候変動は嘘だ!とか、だいぶ頭悪い感じの意見がよくわからなかったんですが、エネルギー産業のために、環境規制をなくすというのは、戦略的ですね。ここでは、意識的に、環境という有限のインフラに、フリーライダーになるという意思がはっきり感じます。パイプラインの問題とか、どういう意味があるのかいまいち分からなかったんですが、こう考えると、すべてがつながります。

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トランプ大統領、キーストーンXLパイプライン建設を再度承認(米国) | ビジネス短信 - ジェトロ

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この結果が、どこに向かうかというと、石油関連の世界ではサウジアメリカと呼ばれて、一夜にして大きな町が生まれるような状況が起きており、熱狂的な支持につながっていること。エネルギー産業は、労働者を増やさないのですが、パイプラインの敷設!や輸送など関連産業に人が必要で、そこで雇用が激増している。これ、民主党の政策と、かなり色合いが違いますよね。民主党は大都市の知的労働者の基盤を増やしていますが、それがゆえに、崩れ行く中産階級層に対してリーチできていないと思うんですよね。ようは、グローバルな競争で生き残れる人だけが生き残り、中産階級的な市民になれるといっているようなものだから。それに比較すると、この政策は、別に知的労働じゃなくても雇用を生んでいる明けで、実際それで町がガンガンできるような産油国のような発展がされてたら、、、、いやはや、そりゃ、トランプ政権の支持、安泰だよ、と唸ってしまった。逆に言うと、これだけしっかり米国の好景気を下支えしていて、それでも危ういというのは、それだけ反発もでかいということなんだろうなぁ、と思うもの。

ウインド・リバー(字幕版)


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そして、、、ここずっと、米国の中産階級が崩壊して、貧困の連鎖の中に叩き込まれた絶望の話ばかり映画で見てきて、、、、これって、グローバル経済にリンクするのでは、解決がつかない話で、、、先行きなにもねぇなぁ、と思っていたんですが、、、、この地域にこそ、石油があったりするんですよね、、、そう考えると、いやー世界ってダイナミックだ、、、、と震撼しました。


Jeff Bezos commits to forming $10 billion Earth Fund for climate change


Jeff Bezos Pledges $10 Billion To Fight Climate Change | TODAY


Inside Bill’s Brain – Part 1


ちなみに、じゃあ、環境のフリーライダーになるがよしとするのか!というと、そこがアメリカの凄いところ。こういう物凄い億万長者で才能の持ち主たちが、全力で反対方向にかじを切っ足りも同時にしてたりする。いやー米国ってすごい気うにだなぁ、としみじみ。『Dark Water』なんかは、環境関連でケンカを売った弁護士の物語。こういうのが増えている気がする。


Dark Waters Trailer #1 (2019) | Movieclips Trailers

ちなみに、現在は、2020年2月19日なんだけど、米国大統領選挙がじわじわ進んでいる。前に紹介したブーティジェッジが、アイオワのコーカスで強くて、サンダースさんと分け合っている。残念ながらベーシックインカム唱えていたアンドリューヤンが、drop outしたけれども、名前をアピールできたし、「次」につがなるいい感じだった。アジア系の大統領候補って、めずらしいのだけれども、日系のアジア系の大統領を描いた『イーグル』を思い出した。かわぐちかいじさんは、なにをかいてもかわぐちさんの物語になって収束してしまうのだけれども、これはいろいろなガジェッドがあって、とっつきのためには、いいマンガだろうと思う。そもそも、大統領選の仕組みや構造がわからないと、何をしているのかすらわからないですからねぇ。

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イーグル(1) (ビッグコミックス)

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