『彼女が生きてる世界線!』 2022 中田永一 典型的なゲームの世界の中に転生する類型なのだけれども、小説が上手いなぁ。

彼女が生きてる世界線!

もしかして、乙一さん(中田永一)さんの本を初めて読んだかも!?。友人の海燕さんが、おすすめしてくれたのを読みました。電子書籍で買ったで、ライトノベルだから1時間もあれば読めるだろうと、安易な気持ちで読んだら、合本(3冊分)で凄いボリュームで、4-5時間かけて読んでしまったが、途中で辞めるのもったいなかったので、めちゃ楽しんだ。もともとは、ポプラキミノベルという中学生ぐらいをターゲットとした児童書のレーベルですね。

www.kiminovel.jp

www.poplar.co.jp

彼女が生きてる世界線!(2): 変わっていく原作 (ポプラキミノベル な 01-03)

これくらいの年齢向けなら、下の娘ちゃんにも勧めてみようかな、、、。子供に本をなるべく読む子に育ってほしいと思うのだけれども、自分が基準になってしまうので、実は、「本を読む」という行為には、それに付随する、リベラルアーツ的な様々な知識や教養やスキルがないと、「同じようには楽しめないん」ですよね。子育てしている過程で、年齢一桁の頃の童話などの読み聞かせから、受験対策の現代文、物語分、またはそれに付随する語彙の問題とかとか、「本を楽しめる」には、様々なレイヤーの習得しなければならないスキルの複合的な習得が必要なんだと気づいて、驚くことしきりです。

「書けない」から始める小説の書き方

典型的なゲームの世界の中に転生する異世界転生の類型なのだけれども、小説が上手いなぁ。なんというか、「最初に設定された問題意識」に、ストレートに、全くぶれずに突き進んでいくので、読んでて、止めれなかった。先日、入江君人さんの小説の書き方に関する本を読んでいたんですが、これが凄い良かったのです。僕は、小説が書きたいという欲望はあまりないのですが、「書ける能力を獲得しよう」という視点でもごとを見ると、本を読む楽しむスキルの解像度が上がるなと思って。この中で、典型的な類型、たとえば、「小説家になろう」などのサイトで流行っているものの設定を利用すると、「ゼロから生み出すコスト」が非常に下がるので小説がすごく描きやすく、そんコストが下がった分だけ、骨太で魅力的なマクロの背景をベースに、自分の好きなミクロ(人間関係、キャラクターの掘り下げ)に集中できるので、傑作が生まれやすいというようなことが(僕のかなりの意訳)書いていて、そうだよなーってしきりに思いました。『彼女が生きてる世界線!』を読んでいて、もともと期待していたよりも、異様に長くて途中で読むのやめたかった(次の日朝早かったので)のだけれども、どうしてもやめれなくて深夜まで読み切ったのは、この物語の類型が持つ「課題意識」に、ストレートか潰れなく主人公が、立ち向かっていったので、目が離せなくなったんですよね。このシンプルかつ力強さは、確かに児童書だって思いました。僕は50代の大人なので、ある意味、あまりに幼かったりご都合主義だと、所詮児童書かと飽きてしまうでしょうし、逆に子供が難解な視点を語られてもついていけなくなると思うので、そのバランスがあって、グイグイ読ませるこの作品は、かなり大したものなんだと思います。児童書のレーベルで出版するということを、よくよく分かって小説をつくっていて、これは編集者さんなのか作者さんなのかわからないが、コンセプトの勝利だなぁと思いました。


『彼女が生きてる世界線!』は、典型的な異世界転生もので、難病ものをミックスした設定。


ずっと僕は、住野よるさんの『君の膵臓をたべたい』(2015)を連想していました。異世界に転生したときには、「前世で解決できなかった課題を今世で解決する」というミステリー、課題解決型にすると、キャラクターがすごく動きます。主人公では交通事故で死に、大好きなアニメ「きみといっしょに歩きたい」の世界に転生し、悪役・城ヶ崎アクトに転生した「僕」が、白血病で死ぬシナリオになっているヒロイン葉山ハルを救おうとするお話。この作品は、難病ものの、大好きな人を救えないという「作者が設定した難病で死ぬ運命」に対して、抗うことのの難しさが、作中に何度も何度も出てくる。ある意味、普通の読者が、作者の結末に違を唱える行為なんで、この反抗の姿勢が切なくてとてもいい。これ実は、クリエイターにも刺さる内容なのかなと思いました。

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物語を作るという行為は、「たくさんの選択肢の可能性(=もしかしたらヒロインを救うというハッピーエンドの結末もあったかもしれない)」の中から、「悲劇の結末」を選択したわけなんですが、構想の中にも、必ず「そうではないルート」があるんだろうと思います。その「行かせなかった設定」を探し出すという、ミステリー仕立てのサバイバルゲームに思えるんですが、これは、「異世界転生の人生やり直しもの」とかなり親和性があって、いやーなんというか、物語のダイナミズムをよく分かっているなぁって作者って感心して読んでいました。僕のような、一般小説も、小説家になろう系の異世界転生ものもアホみたいに読んでいる人にとっては、どれも既視感があるないよばかりなんです。ある意味、典型的で飽きるような要素の組み合わせと言ってもいい。でもこの「組み合わせが絶妙」な上に、主人公が、死んでしまったゲームのヒロインの声優に思いを馳せながら、彼女に生きていてほしいと無私の努力をし続ける様は、いやー胸にぐっとくる。これって異世界転生の悪役公爵令嬢への転生ものと同じ構造で、悪役・城ヶ崎アクトという、メインの物語に絡まない立場に転生しているので、「僕(=城ヶ崎アクト)」は、葉山ハルと結ばれたり、恋愛するという発想がそもそも主人公にはない。だから、「そういう自分へのメリット」がない状態で、ひたすら彼女が幸せになる環境を整えていくのは、見てて無私の覚悟で胸をとても打ちました。ああ、、、そうか、これって、「僕(=城ヶ崎アクト)」が、葉山ハルに、ラブコメ的な視点で、なんとか自分のものにしたやろうとか、自分に振りも浮いてほしいとか、そういうエゴが一切ないんですね。そこが、とても斬新。「それ」こそが、悪役令嬢など、モブに転生した物語の実は「コア」なんですが、大抵の物語は、一人称なので、それができないんですよね。ほとんどが物語を書いているのではなくて、自分へのセラピーになっているので、無視で他者に貢献するという設定の妙が生かしきれない。

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そういう意味では、この作品も連想したなー。これは異世界転生ものではないけど。これは僕の中の好き嫌いですが、、、僕は「覚悟が定まって、自分を顧みないで無性の行為をする」というお話に、とてもグッとくるらしい。


あ、『彼女が生きてる世界線!』 は、設定がかなり複合的なので、これを楽しむには、住野よる『君の膵臓をたべたい』(2015)、小坂流加『余命10年』(2007)などの一般文芸の難病ものの小説をまずは読んでおきたいですね。映画でもあるので、映画もかなり良いです。


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異世界転生ものでは、この類型では、やはりダントツの傑作『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』を同時に見たいところですね。

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この辺りの読書体験、アニメでも映画でいいのですが、これらを体験していると、『彼女が生きてる世界線!』がいかによく感が抜かれて設計されているかがよくわかると思います。