『パズル・パレス』 ダン・ブラウン著 Quis custodiet ipsos custodes ”誰が番人を監視するのか?”

パズル・パレス 上 (角川文庫)


■ダンブラウンの面白さはどこから来るのか?

この人の作品がなぜこんないおもしろいのか?ということが、やっと分かってきた気がする。作者のすべては処女作にあるというのだが、最初の作品を読んで、非常に得心がいった。というのは、監視社会米国のエシュロンを司るといわれる米国安全保障局(National Security Agency、NSA)を舞台のこの物語は進行するのだが、


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E5%AE%89%E5%85%A8%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E5%B1%80

ちなみにHPもあるぞっ!(子供向けの解説が面白い!)

http://www.nsa.gov/


我々が夢物語だと思っているような巨大な国家機関や、この地球すべてのマクロを司る宗教組織など、想像力ではほとんど対処できないくらい肥大化してしまった巨大組織をダンブラウンさんは、いつも舞台と選ぶ。『天使と悪魔』ではバチカンであったし、『デセプションポイント』ではアメリカ合衆国政府と国家偵察局(National Reconnaissance Office; NRO)だった。こうした組織は、その存在意義や活動があまりに多岐にわたるため、ほとんどファンタジーにしか思えず、なかなか人々の想像力いや通常の物語のベースには乗らないようだ。というのは、「これ」をまるまるメイン舞台にしてしまうという物語は、ほとんど見たことがないからだ。トムクランシーぐらいでちょっとあったかな、というくらい。きっと、これらの機関は特にここ20年で肥大化したというのもあり、なかなかそこまで人々の想像力が追いついていたのかもしれない。しかしながら、ダンブラウンさんは、真っ向からこれらの巨大機関をメインの舞台とする。

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そこで、うまいというか、向こう見ずというか、凄いなと一番思うのは、そこに属する働く人々のミクロの物語を魅力的に等身大に描くことだ。出てくる物語の類型は、非常に陳腐だ。父と子や師匠と弟子、恋人などなど、まぁどこにでもある話ですよ。通常の力量がない作家だと、マクロの重みに比較して、ミクロの関係性のレベルが陳腐だと非常にバランスが悪くなり、そんな卑小な思いでマクロの機関を運営なんかしないよ、と思うものだが、ダンブラウンは違う。まず第一に、あまりに肥大化してその存在が意味不明になりがちで、霧のように良く見えない巨大機関を、「それを支える人の動機」に還元して、そして、「その組織設立の根本理念」をわかりやすく繰り返すことにより、「この複雑怪奇なマクロのシステムが支配する現代においても」、一部の等身大の人間たちが、ミクロの人間関係に苦しみ喜びながら、「その組織の本義」を支え得るために苦しんでたたかっているのだ、ということが生き生きと描き出される。しかも、案外本のページ数としては少ないことからも、この複雑怪奇な巨大組織の本義を、きちっと平易でわかりやすいレベルまで噛み砕くのに成功している。これは、すごい!。言い換えれば、そこで働く人々が「何のために、人生を捧げているか?」ということが、クリアーに明確にわかるのだ。デセプションポイントの国家偵察局(National Reconnaissance Office; NRO)のリーダーは、娘を殺された復讐のためにテロリストが許せず徹底的にセキュリティーを追求する人間となっていった・・・・が、最後の最後で、個人的なミクロの復讐と、そもそもその組織合衆国にとって世界にとって意味ある組織であるためにはそのままでいいのか?という問いを突き付けられ、、、という物語構成になっている。


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実は、ほとんどすべての物語が同じ仕組みになっている。この『デジタル・フォートレス』でも、やはり同じだ。つまりね、この複雑怪奇に膨れ上がってミクロからは見ることのできないような巨大組織の本義を、ミクロの人物の生き様に集約してわかりやすく物語化できている、ということなんだ。だから物凄く面白い。僕にとって最高の物語とは、マクロとミクロがバランスが取れている作品だ、というのはこれまで何度もいっていることです。



■セキュリティー(安全保障)とプライヴァシーの狭間で


全世界のeメールや電話など通信を傍受できるNASの副長官はいう


「これはNASだけではなく、全ての情報機関の問題だ。われわれの提供する情報はあらゆる組織を支えている。それが断たれれば、FBIもCIAも麻薬取締局(DEA)も盲目飛行を強いられる。麻薬組織は追跡されるに取引し、大企業は足のつかない金を動かして国税局を出しぬき、テロリストは秘密裏に連絡のし放題-----まさに大混乱だ」


「EFFはさぞ満足でしょうね」スーザンは青ざめていった。


「あの連中は我々の活動を少しも理解していない」ストラスモアは苦々しけに行った。「暗号を解読しているおかげでどれだけのテロ攻撃が事前に食い止められたか知ったら、態度も変わるだろう。」


同意はしたものの、スーザンは現実から目をそらさなかった。EFFが<トランスレータ>の重要性を理解できるはずがない。<トランスレータ>は数々の攻撃を未然に防いできたが、その事実は極秘とされ、けっして公表されない。理由は簡単だ。真実を明かして集団ヒステリーを招くようなことは、政府には出来ないからである。原理主義団体によるアメリカ本土を狙った核危機が昨年だけで二度あったという事実を知って世間がどう反応するか、だれにも予測がつかない。」




『パズル・パレス』 p66


また下記のNASの職員同士の会話からも、この組織が「何と戦っているのか?」ということが、よくわかる。

「NSAが創設された目的はただひとつ-------この国の安全を守ることよ。それには、腐ったリンゴを探すために、時々何本かの木を揺すってみなきゃいけない。悪人に好き勝手にさせないためならば、国民のほとんどはプライバシーの一部を喜んで犠牲にすると思う。」


ベイルは何も言わなかった・


「遅かれはやけれ」スーザンは続けた。「この国の人々はどこかに信頼を託さなくてはならない。世の中にはたくさんの善がある----でも、そこには多くの悪も混在している。誰かがそのすべてに通じ、善と悪をよりわけなくちゃいけない。それが我々の仕事よ。そして義務でもある。好もうと好むまいと、民主主義とアナーキズムの間には、両者を隔てる脆弱な門が存在する。NSAはその番人なのよ」

ヘイルは仔細らしくうなずいた。「クイス・クストディエト・イソプス・クストデス」

スーザンにはわけが分からなかった。


ラテン語だよ」ヘイルは言った。「ユウェナリウスの風刺詩の一節さ。”誰が番人を監視するのか”って意味だ」


p214

このへんのアメリカの情報組織の911以降の肥大化と、パブリックセキュエリティーとプライヴァシィーの関係についても、知っていると、いろいろなことがつながるので、おススメです。そして、米国で起きたことは、変質はするもののほぼ同じことが日本でも起きるので、知っていて損はないと思います。エシュロン関係は、ググれば出てくると思うので、まぁ僕が読んだのではこの辺かなぁ。

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■世界を包括的にとらえる-----これってヒューミント(Humint、human intelligence)を司るCIAと対をなす機関なんだな

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ふと思い出したんですが、五條瑛さんに出てくるヒューミント(Humint、human intelligence)と対置されるのがこのNSAシギント(Sigint、signal intelligence)なんだよね。ほほう、そうか、これら二つの対?(だけなのかな?)でアメリカの情報機関ってできているわけだ。また、ふと思ったんだけれども山崎豊子さんの『二つの祖国』のころって、CIAもNSAもなったわけで、もちろん対外諜報活動はあったんだろうけれどもそれが科学的に編成され直したのでってWW2のころなのかなぁ、と思った。とすると、やっぱり対日対独諜報活動が、こうした機関の設立の出発点の一つだったんだろうなーと思った。なんだか、全体像が歴史とともにつながってきた気がして…なかなか。特に、五條瑛さんの物語では、場所が極東アジアに制限されているが故に、アメリカってあまりに巨大で、その化身である情報組織ってあまりにマクロの機関であって、まったく実像が見えないようないらだちと神秘のベールがあったんだけれども、ここではあっさり、その組織の頂点レベルを描いている・・・・。こういうのが重層的にわかってくると、この複雑なマクロの仕組みも、なんとなく、ああーーそうか、あれがこうなってこう来るのかなぁ、と分かってきて楽しいよ。

1952年11月4日に設立された、国家情報長官によって統括されるインテリジェンス・コミュニティーの中核組織のひとつであり、海外情報通信の収集と分析を主な任務としている。合衆国政府が自国民をスパイするのは違法行為だが、他国へ諜報活動するのは違法ではない。海外信号諜報情報の収集活動に関して、計画し指示し自ら活動を行い、膨大な量の暗号解読を行なっている。また、合衆国政府の情報通信システムを他国の情報機関の手から守ることも重要な任務であり、ここでも暗号解読技術が鍵となる。

アメリカ中央情報局(CIA)がおもにヒューミント(Humint、human intelligence)と呼ばれるスパイなどの人間を使った諜報活動を担当するのに対し、NSAシギント(Sigint、signal intelligence)と呼ばれる電子機器を使った情報収集活動とその分析、集積、報告を担当する。シギント活動を中心にCSSの協力により、合衆国の各情報部と連携して活動を行っている。法律によって「NSAは中将によって指揮される」と規定されている。

なお、CSS(Central Security Service、中央保安部)は1972年の大統領命令によって設立された、NSAと一緒になってアメリカ国防総省のもとで国家情報活動の統合を行なう国家機関である。陸軍情報保安コマンド、海軍保安部、空軍情報部、海兵隊沿岸警備隊NSAが一体となって共同作戦を展開し、その長はNSA長官が兼務している。また、NSAは陸軍情報保安コマンド、海軍保安部、空軍情報部に監督権を持つ。




http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E5%AE%89%E5%85%A8%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E5%B1%80