『山本五十六』 阿川弘之著 著者は文学者であって、組織論や技術史などの視点に欠けるなー

山本五十六 (上巻) (新潮文庫)

評価:★★★☆3つ半
(僕的主観:★★★☆3つ半)

山本五十六の小説を初めて読んだ。こういう人だったのか、と初めて知った。情報ほとんど自分の中になかったので。

そして海軍側(ちょっとひいきが過ぎる気がする…)からの視点を読んでいて、やっぱり思ったのは、『永遠のゼロ』を読んだ時と同じ感覚で、大日本帝国海軍だけで言えば、アメリカに勝てるだけの実力があったんだな、とやはりここでも思った。もちろん「勝てる」というのは、言葉のあやで、長期戦では絶対アメリカには勝てないし、華々しい意味での勝利というのではない。もともと、戦争するのが狂気の沙汰なくらいの実力差があるんだから。けれど、アメリカにミッドウェーの『大逆転』という邦題の歴史を描いたものがあるが、ミッドウェーは、人類史上でも最初期の機動艦隊同士の決戦なんだけれども、この段階でのアメリカ機動艦隊と日本の連合艦隊(GF)では、その規模、練度、航空機有用性を先行して実現していた経験など、実は日本側が圧倒的に勝っていて、アメリカの軍人たちは、とてもじゃないけど、勝てないくらいに思っていたみたいなのだ、、、、。それで完膚なまでにやられているんだから、つくづく「戦い」というのは運なのだな、と思う。ちなみに、この「規模」でアメリカを勝っていた、というのがすごいと思う。ただ考えれば、わかるのだが、いかにアメリカが大帝国といっても、太平洋と大西洋の両方で、大艦隊を維持するのは物凄い費用が掛かることなのだ。事実上太平洋(できればインド洋までだが…)だけを防衛すればいい日本とは違うのだ。


こうしてみると、海軍の屋台骨を支えた米内光正、山本五十六、井上茂美の三大提督は、なんといっても軍政面で優れた軍政家だった印象をこの本では受けた。というのは、真珠湾攻撃からミッドウェーまでの間なんだが、つまりは、山本五十六が言った1−1年半は暴れて御覧にいれますと言っていたように、この期間の連合艦隊の太平洋での実力は、アメリカを圧倒しているのだ。用兵はいまいちで、ミッドウェーでは負けているが、そこの問題はいったん置いておくにしても、軍の規模と練度と、科学技術の先進性(技術では全然負けているが航空機優先を先行して実証している)で、アメリカに五分になっているのは、すごい。これは、ワシントン軍縮会議で、山本五十六が想定して主張していたことと、航空機優勢の用兵スタイルを構築することが、一時期であれ太平洋上での日本帝国の軍事優位性につながっているということをはっきり示しているからだ。政治レベルもしくは戦略レベルでの、勝利を既にしているということだ。ただ、同時に逆に、その後の、、、海軍全体でもそうなんだけど、山本五十六も、ハワイ作戦(=真珠湾攻撃)以降の戦争の作戦プランをまったく考えていない!てのは、作者の阿川さんはあまり非難しても不思議がってもいないようにさらって書いているけど、それって狂ってるとしかいいよいうがない、おかしなことでは?と読んでいてすごい違和感があった。なんなんだ、これ。。。おかしすぎるぞ、、、。いくら、連合艦隊という一部隊の指揮官にすぎないといってもさ、、、。これはきっと、海軍共同体の世界では、ハワイ作戦以降んことを考える「必要性がない」と考えるような何らかの前提があったか、もしくは、ハワイ作戦自体が目的化して、それ以外考えられなくなったいたということの証左のような気がする。どうも、この昭和16年のある時期の、太平洋上での海軍力の、日本側の圧倒的優位性と航空機戦術による米艦隊への戦術上の優位性というのが、物凄く海軍軍人にとっては、千載一遇のチャンスに見えていたように感じるんだよな、、、なんでかまだ勉強不足でよくわかっていないけど、、、。なんだか、ここおかしいんだよな。陸軍よりも海軍のほうが、ずっと反対反対言い続けている割には、対米戦争(というか、ハワイ作戦を)を海軍がやりたがっているようにしか、僕には読めないんだけど、、、。なんあんだろう、、、、。凄い違和感がある。とはいえ、話を元に戻す。


この小説は、2点を強調して描いている。


1)山本五十六のワシントン軍縮会議での態度


2)山本五十六三国同盟に関する態度


ようは、このどちらも右翼に暗殺される危険があるほど、どっちもマスコミや大衆、陸軍と反対の態度を貫いている。これってこの山本五十六の主軸を貫く人生の基本のようで、アメリカと戦争するなんて馬鹿げている!という産業力の差がけた違いであることが、強烈にあるんだよね。だから、アメリカと戦争することだけは避けたいというのがずっと一貫しているトーンなんだよ。海軍三提督は三人とも。海軍の中でさえも、ワシントン軍縮会議については、条約派と艦隊派に分かれて、戦後でさえも相当の確執があったようなので、山本側に立っている著者をすべて信じるのは難しいかもしれないが、とはいえ、ここで語られている山本五十六が見ていたものは、ロジックとしては通っている。山本五十六は、日本が低い比率で艦艇を保持するように抑え込まれたと思っているようだが、違うのだ。際限なく軍拡競争をすれば産業力がけた違いに大きいアメリカが圧倒的に強くて、既に日本の財政は限界にきているのだから、本当はこの会議は、暴走してめちゃめちゃ強くなるアメリカ側にキャップを付けた会議なのだ!と喝破してたのは印象的だった。また、軍隊は技術の優位性が、重要で、今後の海軍では、飛行機による三次元立体作戦が主になり巨大な艦艇をどれだけ保有するかという大鑑巨砲主義は終わったと感じていた彼からすれば、自明のことだったんだろう。もちろん、世界中の軍隊が、こんな立証もされていないことを信じていなかったので、この考えに国運をかけるのは当時では難しかったろう。とはいえ、上記の疑問に戻るんだけれども、いくつか不思議なポイントがあって、その割には、陸軍は対米戦争とか全く考慮していないんだけど(やる意味がさっぱり分かっていないようだ)、対米戦争を最も具体的にしてそれを実務上やり切れるレベルに持っていたのは、軍官僚山本五十六のハワイ作戦構築とその訓練(魚雷による湾の攻撃作戦)と開発なんだよね、、、そして、最終的に近衛文麿の後押しをしたのは、ずーーーーっと反対を貫いている米内光政っぽいんだよ、どうみても、、、。なんか、????って感じがする。米内があそこでああ置いわなければ、、、という述懐が、だれかの回想録で描かれているけれども、基本的には、ずっと反対を貫いている海軍軍人が、すっとOK指示を出したので、話が進んでしまっているんだよね、、、。って、それって米内光政なんだよね、、、、なぜ??ってここもすごい不思議。


もう一つは、この本を読む限り、三国同盟の締結というのは、まったく理解に苦しむ。山本五十六は、ずっと反対し続けているのだが、日本にとってほとんどメリットがない。いや、ほとんどではなくてメリットが皆無で、むしろデメリットしかないのに、何で締結したのか?がさっぱりわからない。もちろん、海から見た場合の視点ではあるのだが。長期的に、日本はアメリカと国力で勝つことは絶対にできないほどの差があるのだから、太平洋側では、アメリカと同盟を組んで、中国市場を分け合うのが上等の考え方だろうに。まったく、意味不明。ここ今後考えるポイントだな、と思った。なんか、納得できないんだもん、整合性がなくて。いったい何のメリットがあって、三国同盟を結んだのか?ということと、中国との戦争をどう評価するか(まだここを読み込んでいないので、さっぱりわからない)これは、念頭に読書を続けたい。アメリカにしても、大日本帝国との戦争は大失敗でもあると思うのだ。というのは、この戦争の大きな目的の一つが、中国市場をアメリカが獲得することであるとすれば、その上位方針に、中国の共産化、赤化を防がなければならないことがあるはず。けれど、日本との戦争のせいで、中国は毛沢東によって共産化してしまい、アメリカは市場から一掃されてしまった。結局、その防衛のために最もアメリカにとって都合のいい同盟国は、日本であったことは、地政学上の事実としてその後の歴史が証明している。アメリカにしても、大戦略の方針として失敗だと思うのだ。


とはいえ、なんで日本は、ドイツとなんか、同盟を結んだのだろう?。あまりに裏切られまくっているし、、、。もちろん、ドイツがフランスを下してヨーロッパの支配者になって、ドイツが大西洋からアメリカを攻めてという絵を描いていたのかもしれないが…事実ドイツは物凄い強さでヨーロッパの覇者になるように見えた当時の環境はあるので、今の時点から当時の人々を馬鹿にすることはできないとしても、そもそも、ドイツって海軍力がほとんどないじゃないか!そうしたら、太平洋側での戦線はほとんど影響なんかないんだよ。太平洋までの継戦能力があるのは、大英帝国アメリカだけなんだから。アングロサクソンと対立することに何のメリットがあるんだろう?。


そして、最初の「勝っていた」というのと、山本五十六の軍政家としての凄さなんだろうけど、真珠湾攻撃のプランもミッドウェーのプランも山本五十六がこだわって作ったもののようなんだけれども、どっちも目的は、なんといっても優勢なうちに早期講和に基づくきっかけづくりなんだよね。アメリカには絶対長期戦では勝てないから、シンガポールが陥落した時点で、「領土を全部返上して!」早期講和を持ち込むべきだと考えていたようなのだ。領土的野心を捨てる代わりに、戦勝国として相当の果実をとるということができれば、、、、と考えていたらしい。つくづく惜しい。彼は、連合艦隊長官職ではなく、海軍大臣か総理大臣の席にいるべきだったのだ、、、、、。とはいえ、これが大日本帝国の現実。つまりは、彼の戦略プランでは、軍事的優位性があるうちに、なんとか、相当自分たちが腰を引いてでもアメリカとイギリスと講和に持ち込むべきで、そのための戦術勝利だったんだろう。でもなー。。。。もし、山本五十六の想定が、アメリカが初期の軍事的圧倒に対してねを上げると想定していたとしたら、、、そんなことありえないじゃんっえおもうんだよ。産業力の根本の差は、本人が一番ずっと言い続けているほどの差なわけなんだから、戦争を継続したほうが、アメリカにとっては勝つ確率はほぼ100%まで上がっていくわけだから、、、、。戦略としては筋が通っていなくもないけど、でもそれはすごく高踏的な視点な気がする。領土を返還するというのは、当時の中国大陸に大きな権益があって対ソ戦略などがあった大日本帝国にはあり得ない選択肢だったと思うし、、、。うーむ、、、。


あと、シンガポールが陥落した後、よく言われるのは、インドまで到達できていれば、戦後を見ればイギリス帝国が瓦解のポイントになっているのだから、ここでもイギリスをアメリカに先行して落とす(=早期講和)ことが可能だったのだろう。これを見ていても、日本自体に世界帝国を築こうという気構えがないんだもんなー。というのは、真珠湾で勝った後の戦争プランがまるでないし、インド洋まで抜けた時にどうするかのプランも何もない、、、、この覚悟でよく戦争をする気になったと思うよ、、、。まぁ、当時の人間じゃないし、当時の日本の能力ではそこまでグローバルに帝国としてふるまうのはできなかったのかもしれないが、、、、。でも、当時の大国だよ。国際連盟常任理事国。戦争のプランがハワイぐらいまでしかないのが、本当に不思議。



さてさて、というのが知識がない人間がただ読んだ後のストレートな感想なんだけれども、これ(上記の感じた感想)↑って実はものすごく歪んでいるしてんじゃないのか?と思う。もちろん疑問は多々あるんだけど、素直に読めば、海軍の三提督の視点は、すごく正しくて、、、、というふうになるんだけれども、、、


特に海軍に都合がよすぎるのが、おかしい感じがする。というのは、三国同盟が、意味不明だという流れを海軍側の視点で描いたが、逆に言うと、アメリカと戦争する理由というのも僕にはさっぱりわからない。これは陸軍から見る視点で考えれば、たぶん間違いなくそう見えると思う。だって、1930年代の日本を支配していたのは、中国の蒋介石との戦争であって、中国での泥沼の戦争拡大、居留民に続けられる終わりのないテロリズムに悩んでいたのであって、「それ」こそが日本の権益や日本の国策の本質にして核心だったはずだ。つーか、大陸の権益をベースに考えるのならば、ソ連をドイツと挟撃したいというのもわからないのでもない。なのに、そこになんで、唐突にアメリカと戦争をしなければならないのかが?正直言ってつながらない。石油を押さえたいがために、イギリスと戦争するというのもわからないでもない。でも、アメリカをそこにワンセットにするのが、よくわからないんだよなー。海軍側の視点で、「太平洋戦争」を主軸に据えれば、アメリカと戦争していく流れはわからないのでもないのだが、それは結果論の歴史であって、日本の国策である対中国の蒋介石との戦争にまったく寄与しないのに、、、、何で??と思う。どうしても、そこが腑に落ちない。ここはもっと、きっと陸軍の目的や戦略、特に対蒋介石の中国との戦争をよく理解して、かつドイツの世界戦略を理解しないと、わからないのかもしれないな、、、と思う。なんか、ぞくぞくする。ポイントが分かってきた気がするのだ。あきらかに、日本の戦争はおかしい。だって、なんで、対中国(もしくはソ連)と対アメリカなんていうすさまじい二正面作戦をしなければいけないのかがわからない。・・・・・この辺を、今後課題にして読書を継続したいと思う。


あと、この作者は、文学者だな、と思った。下記二点のテクニカルな専門家としての意見がないので、すごくマクロの描写に厚みを感じない。そこが残念だった。


1)艦隊派と条約派は、海軍内部で派閥化しており、この派閥の共同体化による抗争は日本の組織における大きな病であったはず。ここに関する分析の厚みと、自分が(作者は海軍の軍人だった)その中に巻き込まれていたので情緒的に偏ることが意識されていない。日本人ならば、絶対偏るはずだ。また、軍政家が強いのは、薩摩藩士にして海軍建軍の父的な位置にあるの山本権兵衛が軍政畑を歩んだという歴史的縦軸の流れからくるものなのに、そういう原初的なものへの言及が弱い。


2)山本五十六のなんといっても業績のコアは、軍政家として、航空機優位性の官僚的な実務畑を歩んだことだと思う。航空本部長や航空技術本部長をキャリアで経ていることからも、現場の武人ではなく、軍官僚的な存在なのだ。しかも、日清戦争から海軍系の技術の進歩は目覚ましく、10年で過去の10年の艦艇が使い物にならなくなるほどの進歩を遂げている。この技術ロードマップに関する「大きな進歩の流れ」をどう山本が認識していたか?そして、どうそれを官僚として政策に反映させていったかこそをかいてほしかったが、残念ながらそういう技術史の位置づけや仕組みに、著者はあまり関心がなかったようだ。この優位性の革新こそ、山本五十六が、アメリカと戦争してもいいと思えたポイントなので、ここを描かないとダメだと思うのだ。


ただ、、、、いろいろ問題はあるが、そうはいっても、全体主義的で視野狭窄名な時代の中にあって、自由主義的な価値観を信じている非常にまともな人たちではあるんだなーーとは思う。陸軍系のファナテックなどうしようもない人々と比べると、やはり非常に現代的だもの、、、価値観が、、、、。



ということで、また引き続きいろいろ本を読んでみようと思う。


↓いま以下の本を読み進め中。

誰が太平洋戦争を始めたのか (ちくま文庫)