銀河市民 (ハヤカワ名作セレクション ハヤカワ文庫SF)
ロバート・A・ハインライン 野田 昌宏
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Citizen Of The Galaxy
Robert A. Heinlein
Pocket Books 2005-05-17
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評価:★★★★★星5つ
(僕的主観:★★★★★星5つ)
□読んだ理由
とらさんの『手当たり次第の本棚』 で紹介されていて、読んでいなかった自分に後悔しつつ読了。疑いようのない名作でした。とらさんの広大な読書という海を泳ぎきる、中立にして、安定した読書スタイルは、僕はなかなかに信頼していて、その自分の審美眼を裏切らない読書体験で満足です。さすが、とらさん!。
http://ameblo.jp/kotora/entry-10003479172.html
とらさんいわく、この作品は、ハインラインの入門書にして、
>
というハインラインの本質をあますところなく描いている、とのこと。
まさにその通り(笑)。基本的に、これを書かれてしまうと、ハインラインの本質を数行で描かれているので、後はその敷衍です。
以後、ネタバレですねので、できうる限り読まないで即本屋か図書館に行くことをお薦めします。
□ビルドゥングスロマンの典型
あとがきのSF/ファンタジィ評論家三村美衣さんの「ハインライン入門に最適な一冊」で、初めて知ったのだが、スクリブナー社から毎年クリスマス本として刊行したジュブナイルSFの11巻目だそうです。これは、ジュブナイル、つまり子供のために書き下ろされた作品だったのですね。
奴隷商人に誘拐されたソービーという少年が、大宇宙を渡り歩き成長する姿を描いた様は、まさに王道中の王道のビィルドゥングスロマンで、なるほどと思った。物語は、10歳ほどのガリガリに痩せた少年が、九惑星連合の首都サーゴンで奴隷として叩き売られるという衝撃的なシーンから始まります。その少年はガリガリなため買い手がつかず、安値でなんと乞食に買われてしまいます。しかし、このバスリムという乞食は、実はある目的で地球連邦宇宙軍から派遣されたスパイなのですね。ソービーという奴隷の少年は、このバスリムに育てられます。乞食としてでも、奴隷としてでもなく、人間としてたぶん考えうる最高の教育で。この教育が、バスリムが殺されたあと、彼の人生を困難と闘うための武器となります。その後、宇宙を放浪する自由商人という氏族(もう民族といってもいいだろう)の一族に受け入れられ、サーゴンを離れます。そして最期には、自分が何者であるか全く不明な状態に置かれていたところから、彼はついに自分の生まれ故郷と出生を見つけ出します。それがとんでもないものなのですが、彼がなぜ奴隷になったか?には、すごい秘密が隠されており、その疑問の答えを暴くために、彼の後の人生の全てをかける困難な闘いに挑むことになります。実はそこが最期まで描かれないで途中までというのが、なるほどジュブナイルというかライトノベルなのかもしれない、とは思う。が、そこまでにハインライン的なモノは、これでもかと描かれており、これを子供向けとするのは、やはりあまりに深い作品だ。
□ハインラインの本質である自由への憧れについて
アメリカ人の生得的なが不安は二つあると、僕は考えています。それは、ある種の自由へのオブセッション(強迫観念)として、アメリカでおこなわれる表現の中に何度も執拗に現れてきます。この概念を頭で理解して、アメリカ人の作る表現を眺めると、なかなかいろいろ思うところがあります。
1)ヨーロッパ世界という旧世界から逃げてきたために、自分のルーツ(古い伝統)という足かせからの自由
2)新大陸を支配しようとする強大な国家権力(=連邦政府)からの自由
この二つの不安からの逃げるための自由をアメリカ人は大切にしています。アメリカ人は、これらの強大な力から自分を自由にすることを、その国家建設の理念としています。
しかし、その自由な状態を獲得するためにはどうすればいいのでしょうか?
1)ルーツからの自由
アメリカは、1)の自由のためにだれよりもオープンで機能的な社会を建設しました。理論的には、アソシエイショニズムといわれる、個人の機能をのみを評価する社会です。能力のみの社会です。能力(=それを得られる才能と、結果としてのお金)のみが選別の基本です。ここでは、身分(貴族かどうか)などは一切関係のない無階級社会の建設が目指されました。ただし、建国当初には、人間というカテゴリーに、黒人やネイティヴアメリカンやユダヤ人、黄色人種はもちろん!入っていませんでしたが。とはいえ、憲法の指定する「人間の定義」にもし入ることができれば、だれでもアメリカ的平等の権利を得られるのです。
これを、Citizenship(=市民権)といいます。
蛇足ですが、『チャイルドプラネット』というマンガで、日本全土が疫病で世界中から隔離されるのですが、この危険地帯にアメリカは、物凄いお金と労力をかけて、軍隊を派遣します。理由は二つです。
・アメリカ人は、ベース(基地)をギブアップしない。たとえ自らが死すとも、同胞を見捨てない。
・日本にアメリカ市民権を持った少女(人種的には日本人)がいて、彼女一人を助けるために大部隊を投入したのだ。もちろん、他の日本人は、無視。
チャイルド・プラネット 7 (7)
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この同胞を見捨てないというのは、映画『ブラックホークタウン』という作品で、バカな侵略(コソボ介入を描いた作品)をするのだが、そこでメチャメチャな目にあった同胞を救出するために、物凄い部隊が投入されて物凄い犠牲が出るのだが、絶対に見捨てないのだ。絶対に!!!だ。このへんは、すごいアメリカ的。たった一人を助けるトムハンクス主演の『プライヴェートライアン』も似ているテーマだ。逆に『LETTERS FROM IOWJIMA』では、この神話が、所詮神話にすぎないという諦観部分も語られているが、こういう解体が試みられるほどに、強い幻想としてアメリカ社会で成立している幻想であることも事実だと思う。
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つまりアメリカ人は、半分は建前だが、しかし残り半分の理想的アメリカ人は、アメリカの市民権を持った人間は、どんな犠牲を払ってでも(そいつが有色人種だろうが黒人だろうが)絶対に助け出そうとします。これは、アメリカがアメリカであることの証なので、この狂気のような同胞救出の思想を理解していないと、危険です。たった一人の仲間を救出するために、平気で大戦争を起こすのが米国なのです。もちろん、こういった市民感情や理念を、当然の開戦のための理由づけに、閣下が裏で情報操作して盛り上げる、ということもよく行われます。というか、常套手段です。ほとんどの近年のアメリカの戦争の開戦理由は、こういった部分が多いのではないでしょうか?。
2)国家権力からの自由
2)の国家権力からの自由では、ミリシア(武装民兵)の権利を認め、市民が政府に反抗するための銃の保持を権利としました。また、州権力を全力で守ろうとする(たとえそれが奴隷制などの差別の温存となろうとも)州権論の根強さも、集中して統合された強大な政府に、個人が支配されてはならない、個々に武装を可能にさせ個人が自由を維持しなければならないという歴史的ヘリテージから来ています。容易に銃を全国民が持っているなんて言う狂気の状況に、NOといえないのも、この自由を守るという大義が存在しているためです。
さて、話がずれました。
Citizenship(=市民権)が、アメリカ的自由を得るための権利です。
しかし、権利には義務があります。
この自由を守るための義務とはなんでしょうか?
そうだ、ブリスビー大佐がとうちゃん(バスリムのこと)について、あるときこんなふうにいったことがある。
「自分自身をすべて捧げるということが、自由に貢献することなんだな・・・・・たとえ乞食にでも・・・・・奴隷にでも・・・・・死ですら・・・・・・・・・。それによって自由は保たれていくんだ。」
p465引用 ж強調筆者
この作品のみならず、ハインラインの全作品に、これらの似た表現がよくあります。これは、フランク・キャプラが描いた町の仲間のために人生を犠牲にした銀行家の『素晴らしき哉人生』の理想とも通じます。
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そう、実はアメリカ人は、自己犠牲を尊ぶのです。
アメリカ人の最高にして至誠の義務は、自由のために戦い、死すという自己犠牲です。
なんか、日本の武士道みたい?(笑)。あんな個人主義のやつらが、とお思いでしょうが、これは事実です。僕は、この点では、日本人の気質とアメリカ人の気質は、とても類似性があると思っています。自己犠牲の対象こそは違いますが、大いなるものへのコミットメントという素朴さが息づいているという意味では、なかなかに似ている気がします。だから、ハインラインは、『宇宙の戦士』でベトナム戦争に賛成した右翼と呼ばれるが、それは間違っていると思う。彼は、アメリカ合衆国の本質を見事に描ききった真のアメリカ人なのであって、それはアメリカの良心を描いたとされるフランク・キャプラ監督が黒人相手に第二次世界大戦への新兵リクルーティング映画を撮ったのと同じで、真のアメリカ人ならば、当然する反応なのであって、彼は右翼であるとかいう前にアメリカ人であって、その使命感からすると、当然戦争には賛成するのだ。
なぜか?
アメリカという国家が、古典ギリシアのアテネそしてローマをモデルに建設された政治体であるというのをご存知であろうか?。アメリカの国会議事堂やホワイトハウスなどの数々の重要な建築物を見ると、見事に古代ギリシア・ローマ様式を真似ています。建国当時の建国の父たちが、死ぬほど、古代ギリシャ・ローマに傾倒していたために起きた現象です。古典ギリシアの理想は、国家と公の自由を守るために、戦争に出ること、国のために死すことこそが、市民権(=Citizenship)の大いなる義務でした。この古典ギリシア的理想は、そのままアメリカの理想として今でも、極めて重要視されています。国家の大義のために戦争に出ることは、市民権を得ることと同義なのです。
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だから、パイナップルアーミーと呼ばれたWW2でのヨーロッパ戦線最大激戦区を勇猛果敢に戦った日系人部隊が、敵性国の差別された有色人種の日本人であるにもかかわらず、戦後最高の尊敬をもって遇されたのです。このこと(=戦争に参加し、真のアメリカ人であることを日系人が示しし得たこと!)があったればこそ、日系移民への差別的行為は、アメリカの恥部としていまなお許されざる差別としてアメリカで受け継がれて、国家レベルでの謝罪が行われています。この執拗さといったら!。キャプラが、黒人の新兵リクルート映画を取ったのも、黒人差別などというものを無くすには、彼らが米国のために戦う兵士になれば自ずと市民権を持つ誇りあるアメリカ人となる、と信じた部分があったのではないでしょうか。真のアメリカ人とは、自由と正義のために戦争に参加したもののみを指すのです。大統領候補の軍歴が大問題になるのもそのためです。さて、こうして長々と論じてきたのは、自由を獲得するためには、自分を捨てて大いなるものに自己を捧げなければならないアングロサクソン的、そしてそれが極めて凝縮された形でのアメリカ人の理想を、体現しているのがハインラインで、
彼は心底アメリカ人
であった、というのが僕の感想だからです。
つまり、ハインラインの魅力は「アメリカ的なるもの」をピュアに描いている点だと僕は思うのです。
その一つは、アングロサクソン的な、自由のために自己を捧げきるという純粋さです。この宇宙冒険活劇を、ハインラインは「銀河市民」とつけています。市民(=Citizen)とは、ただの民衆ではありません。そこに住んでいる人が、市民とは呼ばれません(日本は間違いなく間違ってこの言葉を使用している)。市民とは、ルソーのいう国家との契約者です。そこには契約ですから、権利と義務があります。その契約のトップに、自由を保障する国家と公を守るために、兵士として敵と戦い、死すというものがあります。市民契約の最高にして至誠の義務は、常にこれです。この歴史的事実を無視して、市民という言葉は使うべきではありません。軍務に服さず、敵と命をかけて戦う覚悟のないものは、市民(=Citizen)とは呼ばないのです。アメリカ社会が、その他の度の国家とも(たぶん中国を除いて)違うのは、これが自然に生まれてきたネイション(=Nation)ではなく、意図的に社会思想の実験として建国された(=State)人工的な国家である、という側面を、われわれは忘れてはなりません。だから、アメリカには、理想と理念があり、それを貫くために現実を歪めてさえ貫くことがままあるという、なかなかに不思議な国家なのです。だから、これがルソー・ロックの系譜につながる社会契約の壮大な実験であることを、我々はいつも忘れてはならないのだと思います。アメリカ人が、自国を「人類の最前線(=フロントライン)」と呼ぶのはそういう意味があります。
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